第三話:ラピスとかいうバグ
「汚れを知らない清流で育ったお魚、美味しいわー」
串に刺した川魚の丸焼きを齧りながら、幸せそうに頬を緩めるルセリ。
そんな愛らしい彼女の姿にツムギも嬉しくなると同時に、そんな事で幸せを感じてしまう過去の悲惨さを想うと涙を禁じ得ない。
「ぐすっ……まだまだたくさんあるからな。
お腹いっぱい食べるんだぞ」
「……何泣いてんのよ。キモイわね」
「気にするな。世の非情を嘆いていただけだ」
新たな串に魚を刺して、塩を塗しながら焚き火へとかざすツムギは、適当に誤魔化す。
暫し胡乱気な視線を向けていたルセリだが、すぐに気にしない事にしたらしく、別の話題を代わりに振る。
「そういえば、あなた、昨夜は何処に行ってたの?
ログを見てみたけど、近くにはいなかったみたいだけど」
「ん? ああ、マザー大先生に会いに行ってたんだよ」
「……………………居場所とか、分かってんの?」
その少し前に取り逃がした人物の名を挙げられ、何処か責めるような視線をくれるルセリに、ツムギは笑って返す。
「おう。俺もそれなりに大先生の助手兼下僕をしてたからな。
あの人の主要な拠点は大体知ってるさ」
「……………………まぁ良いわ。
朗報って事にしといてあげる」
今すぐに蹴撃をかけるべき、という誘惑がルセリの脳裏を過るが、準備がまるでできていない現状では、返り討ちに遭うのがオチである。
ここはぐっと我慢して、機が熟す時を待つのが得策だと逸る心を宥めたルセリは、更に質問を重ねた。
「ねぇ、あなたってお母さんと長い付き合いなのよね?」
「まぁ、数年くらいは付きっ切りでお世話してたくらいの仲だな」
「じゃあ、お母さんの事、結構、知ってるんだ?」
「まぁな!
つっても、昔の事は歴史程度にしか知らねぇぞ?
だって、ルセリって素晴らしい娘がいるなんて事も話さなかったし」
「そんなのはどうだって良いのよ」
ルセリが訊きたいのは、過去の事ではない。今現在の事だ。
「私は、今のお母さんに興味があるの。
ギフトがどういう物なのか、とか、どういう技術を持っているのか、とか、そんな話よ」
「ああ、戦力分析か。
まぁ、敵を知るのは良い事だわな。
よし、じゃあ、知る限り語ってやろう」
隠す理由もない。
ツムギはルセリの味方なのだ。
ラピスを売る事に、何の躊躇もないのである。
「そうだな。まずは、ギフトの基本から行こうか。
ギフトってのは、神からの恩恵でもあり、首輪でもあるんだが、人それぞれに違いがある」
「それは……才能とかそういう話?」
「いや、基本的にただのクジみたいなもん。
神の連中が、いちいち人間の適性を見て判断なんかするもんかよ」
「……すっごい納得できる話ね」
基本的に、神々は人間を下等種族としてしか見ていない。
そこらの畜生と何ら変わらない家畜同然だ。
それ故に、基本的にはランダムに適当に与えていく。
そこに個性だの才能だのを考慮する余地はない。
ごくまれに、素質などを見て与える事もあるが、ほぼほぼない事例である。
千年に一度あるかないか、というレベルである。
実際にこの三千年でそうして神々に何らかの理由でギフトの内容を考えられた人物は、たったの二人しかいない。
神のそうした気質をよく知っているルセリには、反論の余地が全くない。
「マザー大先生が持っているギフトは、《集積者》という物でな。
基本的に戦闘には向かない」
「《集積者》……。
ギフトって、そういう職業的な名称なの?」
「大体はな」
「……ゲームみたいね」
端的に表現するルセリに、ツムギは苦笑を向けた。
「ははっ、やっぱそういう感想が出るのか」
「お母さんも、同じ事を?」
「ああ。大先生もげーむみたいだって言ってた。
いや、げーむってのを知らない俺には分からん評価なんだがな?」
「ふぅん。
じゃあ、レベルとかステータスとか、そういうのもあるのかしら?」
戦争終末期に生まれたルセリには、実体験こそないが、過去にそういう娯楽があった事も知っている。
それに照らし合わせての発想を口にする。
完全に悪ノリの類なのだが、それに返ってきたものはまさかの肯定だった。
「…………あるんだなぁ、これが」
ルセリがふざけたつもりで発言した事を察したツムギは、視線を逸らしながら言う。
無言が二人の間を流れる。
パチパチ、と火が爆ぜる音が物悲しい。
「…………あるの?」
「……ある。
まぁ、ステータスはそういう物が測れる鑑定系ギフトじゃないと分からんのだが。
レベルならいつでも確かめられる」
「神共の悪趣味が見えるわ……」
遊戯系を司る神が悪ノリして決めたのだと思われる仕様だ。
おそらく、他の神々も人間の相手とかもうしたくなくて、丸投げした結果がこれなのだろう。
世の無常を想わずにはいられないルセリだ。
「ちなみに、レベル上限はある。
ステータスは知らんが、レベルはカンストした奴がいるからな」
「……ちょっと想像が付いたんだけど、それってもしかして」
「その通り。マザー・ラピス大先生様だ。
レベル9,999に到達したのは歴史上あれ一人だけだ」
「やっぱりね」
想像が付いていたとはいえ、史上唯一と聞かされれば、その高みは想像できるという物だ。
若干、遠い目をするルセリだが、ふと思う事がある。
「ねぇ、ギフトって神の恩恵で首輪なのよね?」
「まぁ、そういう話だな。
大先生も統括官殿もそう言ってたし、多分、間違いないだろ」
「じゃあ、カンストしても神には至らないのよね?」
まさか首輪の力で、自分たちを超える力を与える筈がない。
そうと思ったルセリの確認に、ツムギは頷く。
「まぁね。カンストした所で、精々、第五位階程度だな。
第四位階に、まぁやりようによっては勝てるかもしれない様な、そんな気もする、っていう位にまでしかならん」
「でも、お母さんのエネルギー量は、明らかに神の領域に入っていたわ。
多分、第二位階くらいまでは戦える。
どういう事かしら?」
昨夜、観測したラピスのエネルギー量は、確実にそれくらいはあった。
だからこそ、第二位階を討ち取った実績のある旧文明の大傑作の必要性を感じたのだ。
ギフトをどれだけ鍛えた所で、第五位階程度ならば、その余剰分はどこから来たのだろうか。
その疑問の答えを、ツムギは持っていた。
「ちと待ってろ」
齧っていた焼き魚を一息に飲み込んで立ち上がると、音もなくその場から消える。
ルセリの目には見えなかったが、センサーにはその影が映っている。
近場で屯していた動物へと向かっているようだ。
二匹ほど手早く仕留めると、彼はすぐに戻ってくる。
「こいつら、魔物の一種な。
魔物と動物の違いは、魔石ってのを持ってるかどうか……」
言いながら、ツムギは魔物の胸元に指先を突き込み、小さな血の色をした石のような物を摘出する。
「これが魔石。
魔とか付いてるけど、まぁ、内包してる力はギフトと変わりゃしないんだけどな。
で、これには面白い特性があってな」
二つ目の魔石も取り出し、二つのそれを繋げる。
「あら……?」
じっと見ていたルセリは、そこに宿るエネルギーが微増した事を確認した。
「エネルギーが、増えた?」
「そう。魔石結晶連結体、って名付けてたな、マザー大先生は。
俺は専門じゃないから、倍率は低くしか連結できないんだが、徹底的に効率を良くするとシャレにならんエネルギー増大効果が発生する」
「お母さんは、それをしてるって訳ね?」
どれくらいの倍率なのか、と思案するルセリだが、ツムギは続きを語る。
「いや、その認識は正しくもあるんだが、ちと想像が足りてない」
「と言うと?」
「大先生はな、自分の細胞を全部、最高品質の魔石に作り替えちまってんだよ。
その全てを相互連結させて、大連結体を実現させてる。
ええと、人体を構成する細胞の数は……」
「約37兆個よ」
「ああ、そう。
その37兆を最大効率で連結させてんの。最大効率時の倍率は、とんでもないぞ。
連結数だけ乗算されるからな」
ツムギは、手に持っていた小さな魔石を示す。
「これはほぼ最低品質。
この数千倍の魔力が、37兆の37兆乗だけ倍加される」
「馬鹿じゃないの、お母さんッ!?」
その数値を計算したルセリは、叫んだ。
もうとんでもないエネルギー量である。
生身で時流路と虚空炉に張り合えるだけはある。
三千年も研究を重ねた成果なのだろうが、アホらしいにも程がある。
それなら、確かに上位神霊、第二位階にも張り合えるだろう。
第一位階は無理だろうが。
あの領域は、もはやエネルギー量の問題ではなくなるので、何をどうしたところで戦いにもならない。
「くぅぅぅぅ、あの人を張り倒すには、ほんとに手加減してられないみたいね」
「カッカッカッ、頑張れよ。俺も精一杯手伝ってやるからさ!」
ルセリが苦労するだけ、ツムギと共にいる時間は長く、濃厚になる。
それ故に、彼は楽し気に笑うのだった。




