第一話:仄かな芽生え
第二章です。
とはいえ、一章ほどの投稿速度はありませんので、ぼちぼち待ってください。
「んっ、んーー! ふぅ……」
優しい木漏れ日を感じて、目を覚ましたルセリは、上体を起こしながら凝り固まった身体を伸ばして解す。
血が全身に巡る感触が心地良い。
森の爽やかな風が、少しばかり熱の残った身体を程好く冷やしてくれる。
「はふぅ。あー、すっきり」
昨夜のラピスとの戦闘後、安全圏まで移動したルセリは、即座に眠りについた。
昔からの癖だ。
ムカつく事があったり、研究が行き詰まったりした時には、寝る事で思考をリセットしてきた。
そうするだけで、嫌な気分は何処かへと消え去り、目覚めた時には気分爽快なすっきりとした頭になるのだから、自分はとても単純なのだな、と思う所である。
今回も、母にしてやられてしまった悔しい気分を解消する為に、即座に眠りについた訳だが、狙い通りに起きた時には完全に意識が切り替わっていた。
確かに思い返せば、悔しい気持ちはあるけれど、それに拘らずに改めて強奪する手段を模索し、構築しようという前向きな気分になっていたのだ。
顎に手を添えながら、ふむ、と思考するルセリ。
「まぁ、取り敢えず二大エネルギー機関は作らないとね。
観測できた限り、お母さんのエネルギー量ってあれじゃないと対抗できないし」
神々さえ震撼させた旧文明最高最強の大傑作。
虚空炉と時流炉。
数多の神々を討ち取ってきた旧文明の兵器たちだが、その全てにこの二つのどちらかのエネルギー機関が装備されていたという確かな実績がある。
それが必要になると、彼女は判断した。
今のラピスは、間違いなく神々と同レベルの場所にいる、と。
「携行兵器レベルだとやっぱり限界があるし、もっと大型の物を用意するべきね。
ああ、神威キャンセラーも、まぁ一応用意しないと。
あんまり効き目はないと思うけど、かさばる様な物じゃないし」
必要になるであろうと様々な品を指折り数えていく。
そして、今のろくに設備の無い状態でそれらを用意する事の難易度の高さに、目が回る思いだ。
とはいえ、だからと言って諦める訳にはいかない。
何もかもを終わらせる為には、最後のデバイスは回収しなければならないのだ。
ならば、仕方ない。
装備を造る、為の設備を造る、為の設備を造る、以下繰り返しという気の遠くなるようなとんでもなく果てしない作業だが、気合いを入れて臨むだけである。
その為にも、ツムギの協力がいる。
彼はこの時代を生きる人間でありながら、かつての時代についても僅かなりとも知っている貴重な人材だ。
ラピスの助手のような事をしていたのならば、少しの教育でルセリの手伝いもできるだろう。
少なくとも、何も知らない子供に一から十まで教えるより、ずっと早く、安上がりである。
「……彼には悪いけど、手伝ってもらわないと」
少しばかりの罪悪感を、彼女は呟く。
勝手に巻き込まれているだけ、と本人は言っているが、それでも自分の勝手な事情であり、彼には何の得もない。
むしろ、損ばかりだろう。
労力と時間を割くばかりで、ルセリからは何の見返りもなく、更には恩師であるラピスと敵対する事になるのだから。
ルセリも、馬鹿ではないし、特別に鈍い訳ではない。
あそこまで露骨に言われれば、ツムギが自分に対して好意を抱いている事は分かる。
そんな彼の純心を利用しようというのだから、自分も大概に悪人だ、と自嘲する。
そして、そんな自分でも好きだと言ってくれると、不思議な確信がある事に首を傾げた。
まだ、たった二日ばかりの付き合い。
お互いを理解するには、あまりに短い時間と言える。
なのに、ここまで己が心を寄せているとは、どういう事だろうか、という疑問が浮かんだ。
「……ああ、そうか。そうね。
あんなにストレートなのは、初めてだったものね」
旧文明時代、男に言い寄られた事はある。
客観的に見て、自分の容姿が男受けする物だと、ルセリは自覚している。
だが、そうした誰かに心を許した事はなかった。
研究が忙しいから。
恋愛に興味がないから。
色々と理由を付けて、丁重に全ての誘いを断ってきた。
でも、本当の理由は違う。
怖かったからだ。
彼らの目に、己を見下す色があったから。
だから、ルセリは一緒になろうとは思えなかったのだ。
所詮は実験体。
それも出来損ないの失敗作。
人間に使われるべき人造人間。
大なり小なり、心の中でそう思っている者たちと、どうして連れ添う事ができるというのか。
いつか何処かで破綻する事が目に見えている関係を、彼女は築くだけの冒険心を持っていなかった。
気付けなければ、良かったのだろう。
もしかしたら、最後まで騙されたまま幸せを感じられたかもしれない。
だが、ルセリには気付けてしまった。
本当の親子のように、惜しみ無く愛情を注いでくれる゛母親゛が彼女にはいたから。
ラピスがくれた愛情に比べて、あまりにも濁りのあるそれを受け付けなくなってしまっていた。
言うなれば、舌が肥えてしまったのだ。
実験体の癖に。
人ならざる分際で。
だけど、ツムギは違う。
彼はストレートに好意を訴えてきており、そこに侮りや蔑みの感情が一切ない。
自分の生まれを話しても、それは何ら変わらなかった。
時代が違うからかもしれない。
あるいは、彼もまた失敗の烙印を押された経験があるからかもしれない。
何にせよ、彼はルセリの事を対等な人として認め、人として好きだと言ってくれているのだ。
ルセリにとっては、ラピスと同じ愛をくれる人である。
心が、揺れない筈がない。
「……私も単純なものね」
苦笑する。
なにせ、
「おっ、起きたようだな。
うむ、さしずめ木漏れ日に佇む美の女神という風情だな!
いや、これは俺たちにとっては褒め言葉にはならないか?」
こうして彼が姿を見せるだけで、根拠のない安堵感を覚えるのだから。