第三十八話:知られざる語らい
キィーン、キィーン、と、金属を弾く高い音が夜空に響く。
そこは、人の領域である緑の大陸から遠く離れた大地、通称・枯れた大陸。とある一点を除き、一切の草木の生えていない荒野に覆われた土地だ。
その一角に、趣のある古城がぽつんと建っていた。
音の出所は、その古城からである。
テラスに一人で佇む女性が、指先で金属のメダルを弾いては受け止めるという行為を繰り返していた。
「……まっ、順当な結果だ」
自分以外に、人間のいない大陸の中で、ラピスは呟く。
弾き上げたメダルが、白と赤と青の月明かりを照り返して美しく輝いている。
「やっぱり狙い通りかね?」
そんな独り言に、しかし返ってくる言葉があった。
まともな人間が至れる場所ではない。
この大陸は、生温い檻である緑の大陸とは違う。
今の時代で、ここまで辿り着ける存在など数えられるほどだ。
横目でその姿を確認すれば、青年の姿となったツムギがいた。
予想通りと言えば予想通り。
今、この瞬間にここに用事がある者と言えば、彼くらいしかいないだろう。
だが、少しばかり不満もある。
「……ルセリを、放ってきたのか?」
今の彼女は、自分が手酷く下したばかりだ。
戦う力はそう多く残っていないだろう。
そんな状況で何者かに襲われでもすれば、死んでしまう可能性もある。
それを責めるように言えば、ツムギは苦笑しつつ返した。
「そんな怒んなよ。
ちゃんと全力の威嚇を置いてきたから。
あれを突破できる奴なんざ、あの大陸に出入りしてる連中の中じゃ五人しかいねぇよ」
「…………そうか。ならば、良い」
ツムギの全力の威嚇に危機感を覚えず、あるいは覚えて猶、強引に踏み込める怪物は、全世界を含めればそれなりにいるが、人の住まう緑の大陸には僅か五人しかいない。
そして、その五人の全員が知り合いだ。
知り合いであるからこそ、いちいち、突破してくる訳がないと分かる。
「今は、どうしている?」
「ん? ああ、ルセリか。
疲れて寝てるよ。
ぐっすりだ」
寝る! と宣言して即行で夢の世界へと旅立っていった。
その様子を語れば、ラピスは懐かし気に微笑む。
「あの娘は……。
いくつになっても変わらんな」
「あれは昔からなのか?」
「ああ。気に入らない事とかがあると、すぐにベッドに潜り込んで不貞寝するのだ。
そして、起きたらコロッと忘れてる」
「切り替えの早い事だな。
良い事じゃねぇか」
少なくとも、いつまでもズルズルと引きずるよりはずっと良い。
ツムギは、ラピスの手元を見る。
その指先で弾かれているメダルは、《アーク》で見せて貰った参考画像の物と同じものだ。
「それが、ルセリの求めている物か」
「ああ。《アーク》へのアクセスデバイスだ。
娘の形見だと、ずっと持っていたのだ。
まさか本人が生きているとは思わなかったがな」
「ほー……」
ツムギの視線が向いている事を察したラピスが、彼に問いかける。
「どうする? あいつへの土産に奪い取るか?」
「勘弁してくれ。
今の状況は俺にとっちゃ都合が良いんだ。
それに、あんたと争うのも面倒だ」
勝算ならある。
メダルを奪い去る事は、可能か否かで言えば確かに可能だろう。
だが、リスクが大き過ぎる。
自分たちの争いは規模が大きくなり過ぎる。
最悪、神々か《統括官》を引き寄せてしまう事を考えれば、とてもやりたいとは思えない。
「それに、そいつは親子喧嘩の延長だろ?
ルセリに任せるさ。
向こうもやる気みたいだし」
「そうか。それなら良いさ。
気長に待つとしよう。
時間などいくらでもあるからな」
ツムギの回答に、ラピスは楽し気に笑う。
「ククッ、こんな気分になるのはどれくらい振りだろう。
3000年振りの様な気もするが、はてさて……」
「何で渡してやらなかったんだ?」
ツムギにとっては都合の良い展開であるが、今でも娘を愛しているらしきラピスが彼女の要求に応えなかった事が、少しばかり不思議だ。
「ふむ、そうだな。
まぁ、簡単に言えば、あいつを死なせたくなかったからだな」
「死……?」
「ああ、そうさ。
あの娘はな、寂しがり屋の構ってちゃんなのだ。
研究室に泊まり込んだりすると、本気で泣かれて拗ねられたものだ。
そんな奴が、独りぼっちに耐えられるものか」
「3000年、耐えてんじゃん」
「そうだ。それで限界だ。
見ていれば分かる。
あいつは、目的を果たせば、全てを終わらせるつもりだ。
自分の命ごとな」
「……………………それは、困るな」
死んで貰っては大変に困る。
せっかく惚れた女なのだ。
末長く自分の隣で笑っていて欲しいと思う。
「ルセリが欲しいのならば、肝に銘じておけ。
口でどんなに嫌がっても、距離を置く事だけはするなよ」
「ふっ、勿論だとも。
俺は!
ルセリを幸せにするのだと勝手に決めたからな!」
自信満々に断言すれば、満足げにラピスはほほ笑む。
「ああ、そうしてくれ」
それは、彼女の母親としての顔があった。
可愛い娘の幸福を心から望む、無償の慈愛を秘めた顔だ。
普段、ツムギやら他の誰かに見せるような、おちゃらけたふざけた顔ではない。
その表情を見て、彼は若干顔をしかめる。
「大先生さ、普段からそうしろよ。
俺だって、素直にあんたの事を尊敬していたいんだからさ」
色々と強引だったとはいえ、ツムギの人生を変えたのは間違いなくラピスである。
彼は今の自分が大好きだ。
そんな自分を作ってくれたラピスには、感謝しているし、尊敬もしているのだ。
普段の行動さえなければ、素直にそう言えるのだが。
「えェ~? うちはイツでも、マジメであるデスヨ~?」
文句を付ければ、コロリと見慣れた道化に戻ってしまうのだった。
これで一応、一章は完結です。
二章以降は、ちゃんと人里に降ります。




