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旅の終わり……  作者: 方丈陽田
第一章:運命の綻び
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第二話:壊された展望、思わぬ名前

 時空航行船 《アーク》。


 これは、私にとって生涯を賭して造り上げた最高傑作であり、そして今となっては私の全てを縛り付ける呪いの箱舟となってしまった。


 これは、あくまでも救命船。

 安全に逃げる為の装置であり、決して戦う為の物ではない。


 でも、世界はそれを否定した。

 兵器として使うと決めた。


 そんな事が許せなかった私は、《アーク》を占拠し、自らごと封じ込めたのだ。


 だけど、封印は完璧ではなかった。

 あまりに時間が足りなかった。

 だから、中途半端になってしまった。


《アーク》の起動キー。

 その幾つかが、外界に散ってしまった。


 私は最高管理者の権限を駆使して、色々な方策を取ったけれど、最終的に最も安全で確実な回収法は、偶然、起動キーを持っている者がやってくる事としかできなかった。


 だけど、これには問題点が幾つもある。

 最大の問題点は、起動キーが壊れてしまった場合だ。


 緊急時に使用する為の装置である為、相応に頑丈に作ってあるが、やはり時の流れの前には限界もある。

 試算では、千年程度で破損するという予想が出来た。


 では、千年が経過すれば、未回収の起動キーは壊れた物とみなして良いのか?


 答えは否だ。


 保管状態によっては、千年が経過しようとも機能が損なわれずに残っている可能性は充分にありえる。

 もっと言えば、文明が存続し、修繕するだけの技術や設備が残っている事も考えられる。


 だから、全てを回収し終えるまでは、決して安堵する事は出来ない。


 だけど、本当に破損していれば、どうなるだろうか?

《アーク》の中で待ち続ける事しか出来ない私には、それを知る術はない。

 いつまでも、いつまでも、回収が不可能になってしまった装置を、永遠に待ち続ける事になる。


《アーク》の中では、時間が経過しない。

 私は老いて死ぬ事も、飢えて死ぬ事も出来ない。


 永劫の牢獄。


 終わる事のない使命に囚われて生きる事になる。


 それは、想像するだけで狂ってしまいそうな、途方もない生だった。

 恐ろしくて、泣きそうで、狂ってしまいそうで、私は何度も投げ出しても良いじゃないか、と、そう思わずにはいられなかった。


 だけど、最後に残された科学者としての誇りが、偉大なる先人たちに誓った決意が、私を奮い立たせて、私を縛り付けていた。


 全てを終わらせるまでは、私は終われない。


 自壊プログラムは用意したけれど、最後の理性として、私は全ての起動キーの行方を知り、回収、もしくは完全な破壊をするまでは、絶対に終わらせないと誓いを立てた。


 何の奇跡か、長き時をかけて起動キーは私の下へと集まってきた。

 コールドスリープを繰り返しながら、なんとか理性と知性を保ちながら、起動キーを偶然手にしてやってくる来訪者から、それを回収する事ができた。


 そして、遂に最後の一つとなった。


 これが最後の眠りになると、やっと終わりを迎えられると目を閉じたというのに。


「何でッ!」


 蹴り倒したエロガキを、憤怒の形相で見下ろす。


「何でこんな変態が最後の持ち主なのよ!」


 年齢は、10歳くらいかしら?


 私の胸下くらいまでの身長。背中にかかるくらいまで伸ばした髪は、色一つない真っ白なもの。

 それを首の後ろで乱雑に一本に括っている。

 服の隙間から見える身体は、幼さにまるで似合わないほどに頑健に鍛え上げられており、巌の様な印象を抱かせる。


 道着の様な簡素な衣服を纏っており、体型に比べると随分と余裕のあるものに見える。

 足には草履を引っ掛けており、どうにも野生児といった感じだ。


 せっかく、最後なんだからカッコよく決めようと思ってたのに!

 あろう事か、寝込みを襲って、む、むむ、胸を揉むだなんて、子供だからって最低なのよッ!


「あー! 腹が立つ!」


 蹴り倒してやったが、全く悪いとは思わないし、むしろもっとやるべきだと私の心が大きく叫んでいる。

 その訴えに逆らうなんて事はせず、私は追撃しようと近付く。


 それが間違いだった。


 いつの間にか目覚めていたエロガキと、視線がばっちりと合う。

 そして、その視線が下へと下がった。


 その先は、私の下半身でひらりと揺れるスカートで、


「見えた! 黒!」

「ぶっ殺してやるッ!」


 思いっきり、顔を踏みつけてやった。

 しっかりとブーツのヒール部分でやってやった。

 砕け散ってしまえ、と本気で思った。


「うぶしっ!

 い、痛いじゃないか、マドモアゼル!

 もっと子供には優しくだね!?」

「エロガキの躾には充分よ」


 極寒の視線で睨んでやると、びくりと怯える。

 ていうか、こいつ、随分と頑丈ね。

 ほんのちょっととはいえ、強化改造してる私の脚力で蹴ったり踏んだりしたっていうのに、碌に傷ついていないわ。


 ……今度は武装込みでやるべきね。


「それよりも、あんた、出すもん出しなさいよ」


 抹殺するのは、起動キーを回収してからよ。

 それまでは待つのよ、私。


「か、カツアゲ?」

「違うわよ!

 あんた、これくらいの、メダルみたいなの、持ってるでしょ?

 それ、私のなの。

 渡しなさい」


 指先を合わせて、手のひらサイズの輪っかを作る。

 それが起動キーなのだ。


 エロガキは、ふむ、と顎に手を当てて考える。


「とは言われても、俺は見ての通りに着の身着のままであってだな。

 この服以外に持ち物など無いのだが」

「嘘言わないで。

 起動キー無しじゃ、ここに入ってこられる訳がないんだから。

 絶対に持ってる筈よ」

「そう言われてもなぁ。

 ちなみに、具体的にどんな形なんだ?

 見本とか、何かないか?」


 円滑に進むなら、と少しばかり考えて、《アーク》へと呼びかける。


「アクセス」

『ルセリ・アルトン主席研究員と認識しました』

「画像フォルダから、起動キーで検索。

 呼び出してちょうだい」

『了。

 ――完了しました。

 出力します』


 まかり間違って盗まれでもしたら大問題なので、代案として画像を呼び出す。


 私とエロガキの間に、実物大のホログラムが映し出される。


 サイズは私が言ったものと変わらない。

 白金色をしており、表面には鳥が翼を広げた様な紋章が精緻に描かれている。


「これよ。見覚えは?」

「…………ん。んー、あー、あるっちゃあるなぁ」


 困ったように、悩まし気に白状するエロガキ。


「ほら、見なさい! さっさと出しなさいよ!」

「いや、見覚えがあるだけで、俺が持ってる訳じゃねぇよ」

「どういう事よ?」

「どういうも何も、持ってる奴を知ってるだけでな?

 俺のもんじゃねぇし、別にただの飾りだと思ってたし。

 あー、そうか。

 床の紋章、なんとなく見覚えがあると思ったけど、そうかー、これで見てたんだな」

「そうよ。同じ国の同じ施設が由来なんだから、当たり前……って!

 何よ、このひび割れは!

 何があればこうなるのよ!?」

「俺は何も知らない」


 嘘くさい即答の否定があったわね。

 犯人はこいつだわ。

 間違いない。


「本当は?」

「俺は知らない」

「嘘ね。正直に言いなさいよ」

「何を根拠に。証拠あんのかよ、証拠」

「怒らないから言ってごらん?」


 とびきりの笑顔で誘うと、一瞬で前言を翻してくれやがった。


「ちょっと殴ってみただけなんだ。それだけなんだよ」

「やっぱりあんたが犯人じゃないのよ!

 嘘吐いてんじゃないわよ!」

「怒らないって言ったじゃんかよ!

 何キレてんだよ!

 嘘吐きはお前も同じじゃねぇか!」

「うっさい、エロガキ!

 ……まぁ、良いわ」


 言い合っていても不毛だから、怒りを強引に飲み込んで落ち着かせる。


 どうせ、最後の起動キーを回収すれば、完全に破壊するのだから。

 少しばかり傷ついていても構わないでしょう。


 それにしても、本当に殴ってやったのなら、こいつの評価を改めないと。

 時空間の圧力に耐えられるように、《アーク》は滅茶苦茶に頑丈なんだから。

 攻撃兵器の威力を、三段階くらい上げておくべきね。


「で、話を戻すけど、あなた、本当に持ってないの?」

「応。嘘じゃないぜ?

 なんなら、脱ぐか!?」

「脱ぐんじゃないわよ、エロガキ。

 そう……。

 ……イレギュラーなケースね」


 ぽつりと呟く。


 どういう現象なのか、起動キーも無しに来訪するなんて、想定もしていなかったパターンだわ。

 でも、全くの無関係っていう訳でもないのよね。

 見覚えはあるみたいだし、こいつの記憶を辿れば、最後のキーを見つけられるかしら?


「ねぇ、あなたはこれを誰が持ってるのか、知ってるのよね?」

「まぁ、大事にしてたから、今も持ってるんじゃないか?

 取り敢えず、最後に見た持ち主は知ってるぞ」

「そうよね。じゃあ、その人の所まで、案内してくれないかしら?」

「えぇー、マザー大先生の所まで?

 あんま逢いたい人じゃないんだけどなぁ」


 嫌そうな顔をするエロガキ。

 嫌なんて言わせないわよ。


「ね、お願い?」


 膝を付いて、下から見上げるような上目遣いで言うと、ころりと落ちるエロガキ。


「よっしゃ!

 そこまで頼まれちゃあ、仕方ない!

 俺に万事任せておけ!」

「……なんてチョロい」

「なんか言った?」

「いいえ、何でも。

 それで、そのマザー? っていう人が持ってるの?」

「応。多分な。

 マザー・ラピス大先生様が今も持ってると思うぞ」

「……ラピス? まさか、ラピス・アルトン?」

「お? お知り合い?」


 まさか、今更、その名前を聞く事になるなんて。


 首を傾げる彼に、短く伝える。


「……母よ。私の。養母だけどね」

「え? マジ? あの人の娘?

 うわ、それは、また……」


 ドン引きしたような顔をしているが、何でそんな顔をするのか、いまいち分からない。


 私にとって、お母さんは偉大な人というイメージしかない。

 引かれるような事は何もないと思うのだけど。


 いや、本人とも限らないか。

 もう、外界では随分と時間が過ぎているだろうし。


 ちらりと、タイムスタンプを確認すれば、私の生きていた時代よりも三千年後の世界からエロガキはやってきているらしい。


 お母さんの専門は生体研究だったけど、不老不死でもあるまいし、きっと名前を誰かが継承したりしているだけだと思う。


 でも、お母さんなら、なんか妙で変な方法で生き延びているかも。

 そして、三千年なんて時間が過ぎていれば、変化の一つや二つがあってもおかしくはない、と思える。


 本人なら、きっと話はスムーズに進む筈わね。

 うん、あの人なら、私の想いをきっと分かってくれる。

 これは朗報だわ。


「本人なら、丁度良いわ。話もし易いもの」

「まぁ、そういう事なら別に構わんけども。

 取り敢えず……元にいた場所に戻してくんね?」

「それもそうね。

 思っていたのと違うけど、最後だもの。

 少しぐらい、外の世界の変化を感じるのも良いかもしれないわね」


 人が滅んでいない事は確かである。


 神に負けて、文明が滅んでいても、人が生きている世があるのならば、どうなっているのか、少しだけ興味がある。


 冥土の土産に、回収ついでに世界を見て回るのも良いかもしれないわ。


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