第三十七話:終着と再出発
だが、すぐにツムギは吐息して力を抜いた。
「なぁ、ここはこれでお開きにしようぜ?」
「おヤ~?」
「色々と文句もあるが、一応、マザー・ラピス大先生様は恩人だしさ。
出来れば殴りたくないしよ」
それに、
「俺、分の悪い賭けも嫌いだし。どうよ?」
「な、何を言ってるのよ!」
その提案に文句を付けたのは、ルセリだった。
「あいつを張り倒さないと!
デバイスの回収が出来ないじゃないの!」
「いや、言いたい事は分かるんだけどさ。
自分の状態を見てみろよ」
ルセリの鎧は半壊しており、とても戦いを続けられるような状態ではない。
装備が無ければ、彼女はほぼ見た目通りの能力しかない。
彼女を庇いながらでは、ただでさえ分が悪い戦闘が更に悪くなる。
もはや勝てる見込みなどないと断言しても過言ではない程だ。
「ぐっ……!」
自覚はあったのだろう。
ルセリは言葉に詰まる。
あるいは、ツムギに頼んで自分に代わって倒してもらう、という選択肢もあるだろう。
しかし、これは自分の事情であり、ツムギは勝手に巻き込まれに来ているだけだ。
おんぶにだっこで全てを任せる事は、ルセリのプライドが許さなかった。
「ここは出直そうぜ?
生きてりゃまたチャンスはあるさ」
「マルタのくせニ、良イ事言うであるデスネ~。
マぁ、うちは構ワナいのでェ、これにて……オサラバッ♪」
コミカルに一礼し、ボフンと冗談の様な煙が噴き出す。
それが風に流された時には、彼女の姿は完全に消えていた。
その現実を観測していたルセリは、素っ頓狂な叫びを上げる。
「はぁ!?
生身で、超光速跳躍したの!?」
その名の通り、光速を超えて移動する恒星間航法である。
その事からも分かる通り、宇宙船で行う技術だ。
生身でやろうとすれば、衝撃に耐えきれずに一瞬にして蒸発する未来しかない。
だというのに、ラピスはそれをした。
ギフトの効果か、それとも3000年で発展させた技術の成果か、どういう事かは分からないが、彼女の技は過去に比べて大いに進化しているらしい。
「うぅぅぅぅぅぅ!!」
今回は完全に負けである。
スタート地点が同じなのだとしても。
3000年の間、閉じこもって眠り続けていただけの停滞した人間と、時代に適合し絶えず究明と進歩を続けてきた人間では、持ち得る手札に大きな差が出来るのは当然の事だ。
最初から、ルセリが勝てる道理など何処にもなかったのである。
その事を理解した彼女は、悔し気に唸り声をあげる。
「まっ、また機会はあるさ!
お互いに生きてるんだからな!
幸いにして、あの人が死ぬ事はないし!」
ラピスが今更死ぬ訳がない。
今の彼女を殺せるとすれば神々たち以外にいないが、小賢しく立ち回っているラピスが神々を敵に回す訳がない。
故に、今から追いつけば良いのだ。
ルセリは、涙目のままツムギをきつく睨むように見上げる。
「……教えなさい」
「何を?」
「今の時代の事を、よ!
あなたが知ってる限りのギフトの戦い方とか!
お母さんの今の技術力とか!
分かる限り、全部!
あと、装備も一新するわよ!
徹底的に全部バージョンアップしてやるんだから!
手伝いなさいよ!」
「ククッ、喜んでお付き合いしますよ、お嬢さん」
図らずも、ルセリと共に世界を巡るという目標が達成される事となった。
これからラピスに追い付こうと思えば、本気で挑んだとしても長い時間がかかるだろう。
なにせ、相手は3000年も先を行く怪物である。
それは、大変に厳しい道のりだと想像がつく。
(……グッジョブだぜ、マザー大先生!)
内心で特大の感謝を送るツムギだった。




