第三十六話:運命の分岐点
グシャグシャと、メキメキボキボキと、全身の装甲がひしゃげて砕けてゆく。
世の理を嘲笑うような圧倒的暴威の奔流に、ルセリは抗う事も出来ずに押し流される事しかできない。
(……なんってエネルギー量!
恒星炉じゃエネルギー供給が追い付かない!)
デウス・エクス・マキナ・レプリカのエネルギー源は、即席で造った核融合炉である。
それだって、立派に強力なエネルギー生産システムではあるが、神々を相手にするにはあまりに物足りない代物だ。
装備やら何やら、何もかもが本式に比べて劣っているが、何よりもその動力源こそがレプリカである所以である。
とはいえ、地上で一生物を相手取るには充分過ぎる物の筈だった。
だが、ラピスはそれを嘲笑うように圧倒的神威を以て、正面から貫いてみせた。
(……虚空炉か時流炉が必要らしいわね!)
神々をして、恐怖に陥れた旧文明における傑作品の必要性を、ルセリはしかと感じ取った。
だが、その前に今の状況をどうにかせねばならない。
このままでは、完全に外殻が破壊されて、その威力は彼女の命すら抉ってしまうだろう。
どうにかして離脱しようと足掻くが、半壊した外殻の出力で抗いきれるものではない。
光の奔流に押し流されていくルセリだったが、突如、威力が消えた。
光は彼女の目の前で方向を変えて、空に穴を空けて宇宙の彼方へと消えていた。
地に落ちた彼女が見たものは、剛腕を以て光さえもねじ曲げる超生物の後ろ姿だった。
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星さえも貫くラピスの一撃に、ツムギは躊躇なく飛び込んだ。
熱量と圧力が彼の肉体を破壊しようと押し寄せてくるが、ツムギはその全てを弾き飛ばして光の中を泳ぐ。
「見つけたぜ……!」
半壊した外殻を纏ったルセリの姿を確認した彼は、彼女の前で向きを変えると、ルセリを背に庇うようにして剛腕を振るう。
「うおっ! らぁ!」
相手にするのは、連結動作状態のラピスの攻撃である。
生半可な威力では、対抗するには足りない。
故に、星を砕くつもりで、手加減というものを一切考えずに拳を振るう。
奥歯が割れ、筋肉が千切れ、骨が折れる音が聞こえた。
だが、そのおかげもあって、裁きの光を空へと打ち上げる事に成功する。
ルセリにカッコ悪い所は見せられない。
そう思ったツムギは、即座に傷付いた肉体を再生させる。
死んでいさえなければ、何とかなるというのが今のツムギの身体である。
僅かな血の跡だけを残して、全ての損傷が一瞬にして消えてなくなった。
「ふっ、無事か、ルセリよ」
肩越しに振り返りながら声をかければ、兜が砕けて露になった顔にはきょとんとした表情が浮かんでいた。
頭でも打ったのだろうか、と心配になる。
「ど、どうした? 大丈夫か!?
いや、助けが遅くなったのは謝るが、あれが中々死ななくてな。
べ、別にタイミングを見計らっていた訳では……」
なんだか途中から言い訳じみた言葉になってくる。
少ししてようやく我に返ったらしいルセリは、首を傾げながら、彼に訊ねる。
「……あなた、誰?」
「記憶喪失か……!
おのれ、マザー大先生め!
俺のマイスウィートハニーになんて事を……!」
「誰がハニーよ、誰が。
その物言い、もしかしてツムギ……なのかしら?」
「おお、思い出したのか!
俺たちの愛の日々を!」
「戯言はスルーするとして、あなた、どうしたのよ、その姿は」
ルセリの前にいるのは、二十歳前後程度と思われる長身の青年だ。
女性としては身長の高い彼女よりも更に見下ろすほどである。
一見して細身に見えるが、ややサイズの足りていない服によって、その下にはガッチリとした筋肉が練り上げられている事が窺える。
浅黒く日に焼けた肌をしており、髪色は変わらない純白。
顔立ちは見覚えのある物をしており、確かにツムギが成長すればこの様な顔となるだろうと思えるものだ。
総評としては、中々にカッコいい容姿をしている。
「何でまた成長してんの?」
「こっちが本当の姿なの。
普段は枷を付けてるだけさ。
……さて」
ラピスの光が遂に細く消えた。
その向こうには、相も変わらずヘラヘラと笑う彼女がいる。
ツムギが助成に来た事を、まるで脅威に感じていない様子だ。
「流石は大先生だな。
世界で唯一、レベルをカンストさせてるだけはある」
ギフトに付随するレベルという数字。
基本的に、上がれば上がるほどに能力値が加算されていくものだが、当然と言うべきなのか、数字が高くなるほどに強化が難しくなっていく。
人間の寿命は当然として、長命種の時間があっても、普通の神経ではカンストなど夢のまた夢の話である。
しかし、ラピスは違う。
特殊な肉体改造をする事で寿命という時間制限から解き放たれている彼女は、3000年という悠久をかけて最大値にまで高めている。
そして、もう一つの切り札を持っているラピスは、限界まで高めたギフトの力と合わさって、生身で上位神霊とさえ渡り合える異常存在なのだ。
ツムギもかなりの物だが、まだまだ分が悪い相手と言わざるを得ない。
「あハー、別ニ侮ってナドいないであるデスヨ~?
今のマルタは、ソレくらいには成長しテいるであるデスカラネ~」
自身が造り出した傑作の一つである。
本人の意欲と合わさって、数年という短時間で最強格の一角へと登り詰めている。
その力は、油断して良い物ではない。
暫し、睨み合いが発生する。