第三十五話:ラピスの力
「せやぁ!」
全身に強化外殻を纏ったルセリは、光の筋を残しながら真正面からラピスへと突撃する。
死を恐れず迎え撃つ怪物たちが、そんなルセリへと殺到する。
その全てを薙ぎ払う。
生物としては、確かに強力だ。
まともな人間では生半可な武装をしていても太刀打ちできないだろう。
だが、今のルセリは神殺しの為の兵器を纏っている。
たかが大地を砕ける程度の相手など、敵ではない。
引き千切り、叩き潰し、燃やし尽くし、尽くを殺し尽くしながらラピスへと一直線に向かっていく。
「キヒヒッ、相手ニモならないであるデスネ~。
オぉ~、怖い怖イ」
心にもない事を言いながら、ラピスは軽快な足取りで逃げ回っている。
決して速い動きではない。
だが、位置取りの上手さや判断速度が速いのだろう。
あと一歩のところで、するりと躱されてしまう。
「だったら、降参してくれて良いのよ?」
引き千切った怪物の首を投げつけながらルセリが言えば、彼女はそれをひょいと躱しながら嘲るように頬を歪める。
「降参? こうサン~?
どっちノする事ダと思っテイるデスネ~」
「お母さんに決まってるじゃない。
今なら、その趣味の悪い服ひっぺがして、理性と常識の服装を着せるだけで許してあげるわよ」
「キヒッキヒッキヒッ、理解のナイ娘っ子であるデスネ~。
この時代ノ最先端ふぁっションを理解できないトハ~」
「理解したくもないわ」
ピエロ風ファッションが今の時代の最先端だとすれば、ルセリとしてはそんな時代に生きていたくない。
そんな嫌悪感が中々掴まえられない苛立ちと合わさって、彼女の心をざわつかせる。
「あーもう! 鬱陶しいわね!」
次から次へと現れては、しつこく邪魔をしてくる怪物たちの壁に、遂に苛立ちがピークを迎えたルセリは、札を一枚切る。
「バレル、展開!」
「オや~?」
何も持っていない両手を、重砲を構えるように固定する。
一瞬の後、彼女の手の中に光が生まれた。
淡いそれは、連続して発生し、繋がりあい、やがて長大な砲を形作る。
砲の底が開く。
弾倉だ。
そこに、何もかもを吸い込むような黒い球体が発生した。
今にも弾けそうな、とても不安定に見えるそれを見て、ラピスは顔色を変えた。
「反物質砲!? 正気であるデスカ~!?」
「容赦をする理由がないわ」
その名の通り、現世に存在するあらゆる物質を消滅させる無敵の矛である。
対神兵器の中では相当に単純な構造をしており、比較的安価に用意できる為に、かつては大量生産されていたベストセラーでもある。
弾倉が閉じられれば、砲口に黒い光が宿った。
「痛い目、見てもらうわよ」
「そレが当たったら、痛イじゃ済まないト思ウであるデスネ~!」
流石に全力で退避するラピスに向かって、ルセリは躊躇の欠片もなく引き金を引いた。
閃光が走り抜ける。
一瞬の猶予すらなく、光の速度であらゆる障害を貫く光の槍は、数秒に渡って放出を続けた。
しかし、それは決して世界を貫かない。
結界法術《六重星甲結界》。
ラピスが発動させた防御術に阻まれ、止められていた。
やがて、光槍が収束して消える。
同時に、魔法陣の様な防御壁も砕け散った。
「六重でもギリギリであるデスネ~。
相変わらず、コスパの良イ兵器であるデスネ~」
「…………それが、新しい世界の技という訳ね」
あんな魔法の様な摩訶不思議な物は、旧時代にはなかった。
そこに使用されたエネルギーの質を解析したルセリは、忌々し気に呟く。
神の力。
それを観測したから。
ラピスは、この時代を生きる為に受け入れたのだろう。
ギフトという神の首輪を。
「キヒッキヒッ、あぁたまガ硬いであるデスネ~。
もう、戦争ハ終ワッたのであるデスヨ~?」
「別に、気にしちゃいないわよ」
思う所はあるが、殊更に文句を付けるつもりはない。
どうせ、自分は目的を果たせば世界から消えるのだ。
説教臭い事を言っても仕方ない。
「それニシても、随分ト疲弊シテいるデスネ~。
エネルギー残量、大丈夫デあるデスカ~?」
「……五月蠅いわね」
ラピスの指摘に、ルセリは憮然として言う。
実際に、反物質の励起に相当なエネルギーを持っていかれてしまっていた。
通常戦闘くらいならばともかく、同じような大出力攻撃は難しいだろう。
「コのチャンス、頂戴しナイ訳にはいかないであるデスネ~」
今度は自分の番だとラピスは、法力を高める。
基本攻撃法術《光の矢》×99,999。
空を埋め尽くさんばかりの、光の玉が発生する。
それらが鋭く尖り、矢の形へと変化した。
「収束」
一本一本は、基本攻撃術という区分に相応しい小さな力。
だが、それが全て集まり、一点に集中すればどうなるのか。
その答えが出る。
収束法術《光の裁き》。
世界でもラピスにしか使えない術が、発動した。
光の速度で放たれた眩い柱は、一直線にルセリへと向かう。
躱す事は、出来なかった。
僅かに身を捻る事だけが精一杯であり、避けるには至らなかった。
鋼を纏ったルセリは、光の中へと消えるのだった。




