第三十四話:外されるもの
『『『ギャオオオオオォォォォォォォ……!!』』』
背後から莫大なエネルギーの波動を感じながら、ツムギは多重に重なる竜の咆哮を受け止める。
「ルセリもマザー大先生も、喧嘩するには派手に過ぎるな。
まっ、俺達ほどじゃないが」
やり過ぎて、つい最強天使に張り倒されてしまった嫌な記憶である。
思い出したくもない。
反省していないから、その内、またやらかしてしまうだろう。
完全に無視されている事に怒ったのか、毒水のブレスが頭の数だけ放たれる。
一滴で骨も残らない猛毒。
それ以前に、巨岩すらも砕く高圧水流は、生物の生存を許さないだけの威力を内包していた。
あくまでも、真っ当な人間のレベルにおいての話、ではあるが。
「ふんっ!」
『『『ギャオッ!?』』』
腕の一振りで薙ぎ払えば、多頭の腐毒竜から驚愕の叫びが聞こえてきた。
それはそうだろう。
水流の勢いを押し返してしまった、だけではない。
全身で猛毒を浴びているというのに、死なないどころか、ろくに苦痛を感じていないのだ。
そんな生き物がいるなど、腐毒竜は知らない。
有り得ないとすら思う。
「この程度で驚いて貰っちゃ、困るねッ……!」
瞬発したツムギは、首の一本へと肉薄すると、力一杯ぶん殴る。
『ギャブッ!』
断末魔の声を残して、弾け飛ぶ一本の首。
「ふん。成程な。
そういう構造をしているのか」
首を一本潰したというのに、ツムギには達成感らしきものを感じていない。
当たり前だ。
腐毒竜には、大したダメージが入っていないのだから。
千切れ飛んだ断面が蠢くと、次の瞬間、驚くべき速度で新しい首が生えてきた。
同時に、それがブレスを吐き出す。
空中にいて踏ん張りの効かないツムギは、為す術もなく押し流されてしまった。
それだけだが。
毒水を払い飛ばしながら、彼は沼の中から復帰する。
「ったく。メンドくせぇ生き物だな」
竜とは、基本的に生存能力に優れた生物だ。
硬い竜鱗を持ち、分厚い筋肉繊維を鎧のように纏っている。
更には、強力な自己治癒能力がある為、ちょっとやそっちの傷など瞬時に再生してしまう。
だが、この腐毒竜は見た目通りに比較的に柔い。
硬い筈の竜鱗は半分くらいは液状であり、筋繊維も然程頑丈ではない。
毒の鎧さえ突破できれば、大きな損傷を与える事は大して難しい事ではないのだ。
しかし、それで終わってくれるほどに甘い訳でもない。
通常の竜と比較して猶、有り余るほどの再生能力。
瞬時に千切れた首が再生するなど、竜としても有り得ない。
毒と再生力こそが、この多頭の腐毒竜固有の防御力であり生存性なのだろう。
「しかも、増えてるし」
いつの間にか、腐毒竜の周囲には、様々な生物が蠢いている。
それは虫のようであったりトカゲのようであったりと、形態は実に様々だが、その全てが腐毒竜を守るように布陣して、ツムギへと威嚇を飛ばしている。
見れば、腐毒竜の破片がそうした生き物に変化している事が窺える。
先程、砕いた頭蓋だけでなく、溶けて垂れ落ちた鱗や肉が、新しい生命体となっているのだ。
「流石は起源種という所か。
新しい系統樹を造り上げる始祖の面目躍如だな」
世界に存在する、人間と獣以外の種族、亜人や魔物たちは、全て腐毒竜と同じ起源種によって誕生したのだと、ラピスは言っていた。
本当の所は知らないし、全てが全てそうなのかもわからないが、信憑性はあるとツムギは知っている。
起源種には、何度も出会って殴り合ってきているから。
その特性も、よく知っている。
彼は拳を握りしめて、真正面から突貫する。
外敵の突撃に、周囲にいた生物たちが壁となって創造主を守りに来た。
激突する。
冗談のように無数に飛び散る、新生物たちの肉片。
生まれたての力だけの者たちなど、ツムギの敵ではない。
本来であれば、彼らの血肉は猛毒を帯びており、浴びるだけで死ぬ決死の矛であり盾となるのだが、異常な免疫機構を持つツムギには意味を為していなかった。
数瞬で突破した彼は、腐毒竜へと再度の肉薄を実現した。
「うおらぁ!」
殴れるだけ殴る。
一発一発が災害の如き彼の拳は、柔らかい腐毒竜の身体を大きく欠損させていった。
だが、相手も痛痒を得ていない。
即座に失われた部分を再生させつつ、鬱陶しい小蝿を弾き飛ばし、幾筋もの毒水流を追撃としてお見舞いする。
毒が効かないのであれば、効く毒が当たるまで試していくだけだ。
保有する様々な毒素を放出し、混ぜ合わせ、新毒さえも生み出しながら、腐毒竜は更なる危険な生物へと急速に進化し始めていた。
弾き飛ばされたツムギは、体勢を立て直して腐毒竜を遠くから見る。
「さて、久々の強敵だな。
出来ればゆっくりと遊んでやりたい所だが、何かと不安だ」
ルセリとラピスの親子喧嘩が大変に不安である。
別に、それで大地が砕け散ろうがどうしようが、ツムギの知った事ではない。
彼の心配はただ一つ。
ルセリの安否だけである。
彼女の力がどの程度なのか、現状でまだ分からない。
決して無力な娘という訳ではないようだが、相手をするのがラピスなのだ。
彼女は世界を左右する圧倒的強者の一角である。
ラピスの破壊力を知っている身としては、心配で心配で仕方ない。
心が全く落ち着かない。
故に、生まれたばかりの世を知らない赤ん坊には悪いが、即座に片を付ける。
「世界の広さを、教えてやろう」
《鍛針》を打ち込む。
敵に、ではない。
ツムギは、自分の身体、心臓部にそれを打ち込んだ。
それは、ショックではない。
目的は停止ではなく、解除。
付けられていた枷を解き放つ為の行動だった。
ドクン、と、ツムギの身体が鼓動した。
「カッカッカッ、この感覚も……久し振りだ……!」
世界最強の一角が、ここに目覚めた。