第一話:運命の始まり、煩悩の暴走
「……ん?」
ふと気付けば、よく分からない場所にいた。
はてさて、ここは一体何処ぞいな。
つい今しがたまで、俺は3000年前の古代遺跡にいた筈なんだけども。
気付けば、遥かな虚空に浮かぶ小さな円盤の上にいた。
これはまた、狐か狸辺りにでも化かされたかな?
なんて思いつつ、周囲を観察してみる。
とはいえ、円盤は直径10メートルそこらしかないし、注目すべき物もない。
石造りの円盤の表面には翼を広げた鳥のような紋様が描かれているが、魔法陣的要素は皆無。
単なる模様のようだ。
円盤の外には、僅かに距離を開けて白亜の柱が並んでいる。
染み一つない様は美しくもあるが、やっぱり何らかの機能は感じさせない。
そして、それだけだ。
それら以外には、何処までも続く漆黒の虚空が広がるばかり。
「これは、妙な装置でも踏んだかね?」
3000年前と言えば、旧文明の終盤、人神戦争をやっていた頃の筈だ。
なりふり構わない技術開発のオンパレードで、どんな不思議があってもおかしくない時代、と聞いている。
一応、その危険性はこの身を以て思い知っているので、相応に注意しながら探索していたのだが、おそらくは気付かぬ内に何かを踏んでいたのだろう。
うむ、未熟未熟。
より一層、修行に励まねばな。
まぁ、それはそれとして、どうすれば此処から出られるのかな?
ぐるりと円盤の上を一周してみるが、何らかの仕掛けらしい仕掛けは見当たらない。
条件があるのかと適当な事を叫んだり、怪しい躍りを華麗に舞ってみたり、カッコいいポーズをあれこれと試してみたり、悪魔召喚の儀式をドンドコドンドコ仕切ってみたりしたが、何の反応もなし。
「いやはや、これは困ったね」
特に、現世に未練がある訳でもないけれど、かといって何もないこの場所にいたいかと言われれば、それは否としか答えられない訳で。
「仕方なし。取り敢えず、殴ってみるか」
ぐっと拳を握って、構えを取る。
目標は足元。唯一の物体であるこの円盤である。
「そい」
軽い掛け声で、割と強めに一発。
派手にひび割れる円盤。
驚く俺。
「おお!?
結構、強めに行ったのにな。
ひび割れるだけとか、ははっ、随分と頑丈だな」
砕ききるつもりだったのに、やはり修行不足だな。
精進しなければ。
「って訳で、もう一発、いっきまーす」
今度はもう少し強めに行こうと力を溜めていると、何かが反応したのか、円盤がうっすらと光り始めた。
「ムカつくものとよく分からないものは、取り敢えず殴っておけって、マザー大先生からは教えられてたけど、まさか本当にどうにかなるとはなぁ……」
内心、馬鹿にしてて本当にごめんなさい。
今度からは真面目に殴るようにします。
そんな反省を唱えている内に、光が強くなり、やがて弾けるように消えた。
「……あん?」
光が消えた後には、円盤の中央部に一人の女性が浮かんでいた。
神秘的な雰囲気を纏っている。
外見年齢は、18か、19という所だろう。
真っ直ぐに長く伸ばされた髪は、黄金を鋳溶かしたような美しい金色をしており、黒いリボンでポニーテールに纏められている。
肌はキメが細かく、一切、日に焼けた様子もない白さをしている。
細過ぎず太過ぎず、健康的な肉付きをしており、女性らしい膨らみもバランス良く、美しいラインを描いている。
上半身には袖のない黒の衣装を身に付け、下は綺麗にプリーツが折られた純白のミニスカート。
足は白いニーソックスに包まれており、ヒールのあるショートブーツを履いている。
肩には、白いマントをかけており、それには床の円盤と同じ紋章が金糸で描かれていた。
俺は、一目で惚れてしまった。
この美しい女を、俺の物にしたいと思った。
ククッ、実に笑える。
斜に構えた生き方をしておきながら、いざとなればこんなに簡単に燃え上がるのだから、俺も安っぽいな。
『来訪者を確認――。
ルセリ・アルトン主任研究員の解凍を実行します』
何処か造られたような音声が耳に届く。
が、そんな事はどうでもいい。
今まさに、目の前で好み弩ストライクなメスが眠っているのだ。
男として、悪戯せずにいられるものか……!
「ちらっ」
まずは、ゆらゆらひらひらと揺れているスカートに視線を向ける。
やはり最初は手堅く覗きからだな!
そーっと顔を近付けて、視線を秘密のベールの中へと送り込む。
光が足りなくてやや暗いが、夜目も効く俺の目には関係ないぜ!
おお、まさにこれは神をも恐れぬ大罪。
女神よ、汝が美し過ぎるのが悪いのです。
徳の足りていない私では、抗う事も叶わず、花に吸い寄せられる虫のように吸い込まれるしかありませぬ。
俺の視界には、まさに楽園が映り込む。
見えた色は、黒。
アダルトな感じでレースと布地が合わさっており、もはやオスを誘惑するためにあるとしか思えない素敵なデザイン。
だが、決して下品な訳ではない。
そう、これは彼女が身に付けているからこそのエロス!
抜けるような白い肌を際立たせるコントラスト!
だから、これほどに俺の股間を直撃するのだ!
おお、鎮まるが良い、我が煩悩よ。
若さを言い訳にできる年齢ではないと知れ。
「では、お次は……」
決死の意思で視線をスカートの中から外し、だけどちょっと淫欲に負けて太ももに頬擦りしてみたりしつつ(大変に滑らかで柔らかかったです有難う御座います!)、上へと向ける。
そこには前人未踏の山があった。
いや、前人未踏かどうかは分からないけども。
これほどの美の体現者だ。男など選びたい放題であったろう。
でも、一人の男としての欲望として、未経験であって欲しいなー、なんて思ったりする訳でして!
とにかく!
あの魅惑の楕円物体には、男として惹かれない訳にはいかんとです!
そーっと、そーっと、決して焦らず騒がず、静かに手を伸ばす。
起こすようなヘマは許されない。
もしも見つかって軽蔑されようものなら、俺の心に大ダメージが入る事は必至だからな。
まぁ、それはそれで良い感じなスパイスになるような気もするが、無いに越した事はない。
ちなみに、諦めるという選択肢はない(断言)。
ふにょり、と俺の指先に逆らわず、柔らかく沈み込んだ。
ああ、なんて事だ。
今まさに、俺は至高の快楽に触れている。
あまりの快感に、つい意識が飛んでしまった。
いかんいかん。
今のうちに、しっかりと堪能せねば。
ふにょりふにょり、ふにふに、ふにょんふにょーん。
おお、俺はこの瞬間のために生まれてきたのやもしれぬ。
突きたての餅のように柔らかく自在に形を変える至高の芸術品。
ブラのカップなのだろう。
若干の固い感触があるが、それがまた下に隠された物の素晴らしさを引き立てるアクセントとなっている。
「んっ……」
そして、俺の指に合わせて奏でられる、耳に心地よい喘ぎ声よ。
なんだ?
誘ってんのか?
誘ってるんですね!?
僕ちゃん、我慢の限界よ!?
『解凍が終了しました。――覚醒します』
煩悩に集中するあまり、俺は伝えられた音声を聞き逃していた。
これが、次の瞬間の明暗を分けた。
もぞり、と、美の塊が動く。
ああ、動く様も美しいですね?
もう、俺様、メロリンキューですわ。
「んっ……、え? えぇ?」
「はっ!?」
喘ぎ声の狭間に、戸惑いの声が聞こえて、俺の意識が浮上する。
視線を魅惑の楕円物体から、更に上に上げれば、紅玉のように鮮やかな瞳とばっちり視線がかち合った。
理知を湛えた瞳は、困惑に彩られながら、自身の胸とそれに繋がる俺を言ったり来たりする。
俺はだらだらと脂汗を流しながら、それを揉み続ける。
もみもみ、もみーん。
止まる事などできない。
俺の手は煩悩に支配されている。
おお、鎮まれ。鎮まるのだ、マーラよ。
その先には破滅しかないぞ。
だが、願い虚しく。蠢く手指は一向に止まらない。
状況を理解し始めたのか、女性は徐々に顔を赤く染め、怒りに顔を歪ませていく。
反対に、俺の顔は真っ青だ。
起こっている表情も素敵ですね、マドモアゼル。
でも、笑顔の方が俺は見たいですよ?
俺はせめてもの誠意を見せるために、謝罪の言葉を述べる。
「……すまない、お嬢さん。
俺の煩悩はもはや制御不能なのだ。
だが、一つ、言い訳をさせてくれ。
こんなエロイ身体を前に、男が我慢できるわけないだろ!?」
「責任転嫁も甚だしいわよ、このセクハラ変態野郎ッ!」
「おごっ!」
高速の膝が俺のテンプルを打ち抜き、見事に撃沈させる。
薄れ行く意識の中、俺は最後の力を振り絞って、親指を立ててみせた。
「ナイス、膝……。世界を、狙える、ぜ……」
そして、俺の意識は闇に沈むのだった。
「な、何なのよ。何でこんな変態が最後の持ち主なのよ」