第二十四話:犠牲者
ボフン、ボフン、と。
足で踏みしめる度に色とりどりの胞子が吹き出す。
地面は踏み場もないほどにキノコで埋め尽くされており、上手く避けるなどという事は出来ない。
「うへぇ……。気色悪いぃ~」
宇宙服のお陰で身体への影響はないものの、毒素に満たされた大地を踏み、毒にまみれながら進んでいる事に、ルセリは嫌そうに顔をしかめていた。
「そういう割に、さっきは胞子とか採取しまくってたじゃねぇか」
文句を垂れる彼女に、先を行くツムギは顔を振り返らせながら言う。
「だって、仕方ないじゃない」
先程まで、嬉々として胞子のサンプルを回収していたルセリは、口を尖らせながら言い訳をした。
「あなたの話によれば、このキノコは大地汚染を浄化する洗浄機能に特化しているのよ!?
上手く弱毒化して制御できれば、どれだけの利用価値が出るか分からないの!?
ああ、胞子だけじゃなくて本体サンプルも欲しいんだけど、でも触ったらそれだけで破裂しちゃうし、中々上手くいかないわね!」
目を輝かせて語る彼女の姿に、ツムギは微笑ましいと目を細める。
言っている内容にはいまいちピンと来ないが、夢中になっているルセリの姿は大変に素晴らしい物だった。
だから、彼は近くの手頃な大きさのキノコへと手を伸ばす。
《鍛針》。
ショックを打ち込み、胞子の拡散を防止してから、それを引き抜いた。
「ほれ。お望みの品だぜ?」
差し出されたキノコを受け取りつつ、ルセリは呟く。
「……便利な技ね、それ。
獣以外にも効くのね」
「カカッ、極めたって言ったろ?
動いているモノなら、何だって止められるようになったのさ」
ツムギは、得意気に言う。
「ふぅん……、活かしたまま捕獲する技術、ね。
私も学んでみようかしら?
便利そうだし」
興味を惹かれたルセリの何気ない言葉に、彼は劇的に反応した。
「お? おっ!?
興味沸いちゃったかよ!?
良いぜ!
基礎から俺様独自の秘奥義まで、手取り足取り懇切丁寧に余す事無く教えちゃうぜ!?」
「……なんか視線がいやらしくて嫌。
少なくとも、あなたには教えて貰わないわ」
「そんな……!」
愕然として、ツムギはキノコの絨毯に倒れ込んだ。
その拍子に、派手に胞子が飛び散り、視界が毒々しく染め上げられる。
「やだっ! キモイ!
もう!
迷惑な事をしないで欲しいわね」
パタパタと手で払いのけながら、ルセリは眉を顰めて文句を言った。
彼女の言葉の追撃に、更に沈み込むツムギであった。
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復活したツムギの解説を聞きながら、時々、新しい種類のキノコを採取しつつ、二人は胞子の森を順調に横断していく。
と、ある時、ツムギの足が止まった。
「……何か来るな」
「……ちょっと待って。
ああ、これね。
こっちでも生体反応をキャッチしたわ」
言われて、ルセリはセンサーの反応を精査して、彼の指摘していた生命体を見つけ出した。
彼女は苛立ちを吐き出すように不満を述べる。
「ああ、もう。
この辺り、キノコの反応と混ざって凄いノイズ。
すっごい見にくいわ」
「まぁ、キノコも生物と言えば生物だしなぁ。
生体反応もあるわな」
ともあれ、少しだけ足を止めて待っていると、キノコを踏み砕きながらそれが現れた。
『ブゴォオオオオオオオオオ……!』
それは、身長が三メートルはあるだろう二足歩行する生物だった。
顔立ちは牙のある猪のようで、腹はでっぷりと膨らんでおり、脂肪がたっぷりと付いている事が窺える。
だが、それがただ太っているだけでなく、脂肪の下には筋肉の鎧がある事は、ルセリの胴回りよりも太そうな筋肉を付けた両腕を見れば明らかだ。
体には金属の鎧を身に付けており、両手には重厚な両刃斧が握られ、それを滅多矢鱈と振り回しながら、二人へと突進してきていた。
「オ、オーク……!?」
娯楽小説の中でしか見られない怪物の登場に、ルセリは素っ頓狂な叫びを上げた。
「ああ、オークだな。
しかも、かなりの上位種だ。
オーク将軍か?
胞子の森に飲まれたのか?
嘘だろ?」
オークは正気を失ったような雄叫びを絶え間なく漏らしている。
その理由は、見れば分かる。
胞子にやられたらしく、全身から無数のキノコが生えているのだ。
キノコの持つ幻覚作用だか興奮作用だかにやられて自分を制御できなくなっているのだろう。
オークの生態を知っているツムギは、そいつが胞子の森に踏み入れて、キノコに蝕まれている様子に、首を傾げていた。




