第二十話:謝罪より感謝を
「……驚いたわ」
伝言を託したレインを見送った後、ルセリは小さく言う。
「うん? 何が?」
「あなた、あれだけ脅した天使と知り合いだったのね」
「まぁな。マザー大先生といた頃に、一度だけ遭遇した」
思い出したくもない酷い記憶だ。
「単なる第五位階天使だと思ってな。
いつも通りにぶっ殺そうと思って……思いっきりぶっ飛ばされた」
今思い出しても、理解できない存在だ。
何が何だか分からない内にぶっ飛ばされて、簡単に制圧されてしまった。
少々、強くなって調子に乗っていた当時の彼にとっては良い薬だったのだと思うが、何度も味わいたい薬ではない。
あまりにも、苦過ぎる。
統括官相手には、流石のマザーも諸手を挙げて最速で降参していた思い出である。
「……第五位階なの?
てっきり、それだけ言うのだから、ちゃんと神の領域だと思っていたのだけど」
天使としては最上位存在だが、旧文明期の兵器群を用いれば、充分に妥当しうる存在だったし、実際に何度も直接的にも間接的にもこの手で屠ってきた。
故に、どうにも恐れるほどの存在だとは思えないのだが、ツムギはその楽観を否定する。
「あの人だけは、天使と同じ領域で考えちゃいかんぞ」
なにせ。
「だって、あの人、スーパー強過ぎて神々すら言う事聞かせられねぇんだもの」
「…………えっと、天使なのよね?
あの、神に絶対忠誠を誓った」
「応。
俺が知る限り、神に真っ向から逆らってる天使も、その上で生き残って神殿に留め置かれてる天使も、あの人以外に知らんな」
第五位階ともなれば、ある程度の自己判断も認められる天使ではあるが、だとしても真っ向から神の意志に逆らって良い物ではない。
そんな事をすれば、欠陥品として廃棄処分されるだけだ。
だというのに、統括官の地位にいる天使は、それを許されている。
神々をして、許さざるを得なかった。
ひとえに、彼女が強いから。
誰よりも何よりも、神々よりも猶、強いから。
だから、認めて放置せざるを得ない。
「あの人、神だって脅してるんだぜ?
〝私の言う事を認めないと、暴れちゃいますよ?〟って大マジにド直球に言うんだもの。
超怖い」
「……何でそいつ生きてんのよ。
おかしいでしょ、どう考えても」
ツムギが、神殿から処分を保留にされているのも、統括官に認められて神々に訴えてくれたからだ。
彼は確かに強いし、下界にいる大概の存在では相手にもならないが、それでも神々程ではない。
連中が本気で討伐に動けば、出来ないなどという事はないのだ。
発生する被害にしたって、罪人を確実に屠れるのならば、どれだけ出ようと本来は許容されるのだから。
狂信者というのは、そういう物なのだから。
「だから、あんな伝言を?」
「応。
ルセリの安全を確保するなら、あの人の協力が不可欠だからな」
このまま放置していれば、行き着く所まで行き着いて、最後には神々を引っ張り出してしまう事になる。
そうなれば、ツムギやルセリだけでは抵抗しきれないだろう。
その結末を防ぐ為には、どうしても必要な事だったのだ。
「恐ろし過ぎて二度と会いたくもない人だが、そうも言ってられん」
「……ごめんなさい。
巻き込んでしまっているわね」
天使の襲来は、ルセリの事情だ。
こうなるとは予見していなかった。
ここまで、神々が人間を恐れているなどとは思っていなかったのだ。
だから、彼女は神妙に謝る。
だが、彼はその謝罪を拒絶した。
「違うな。
俺が好きで巻き込まれているのだ」
にっ、と笑うツムギに、ルセリもつられて笑みを浮かべた。
「そう。そうね。
じゃあ、言い換えるわ。
……ありがとう、ツムギ。
私に付き合ってくれて」
「カッカッカッ、どういたしまして、ルセリマお嬢さん。
お前になら、何処までだって付き合うさ」
夜の森の中、二人の軽やかな笑い声が響いた。




