第十八話:時の流れ
黒槍隊は、目的を果たす為ならば手段を選ばない、ある種、非常に現実的な行動をする部隊である。
要対処案件に急行した彼女たちは、ツムギの存在を確認した事で、部隊を二つに分ける事を決断していた。
一つは、彼への対処をする部隊。
そしてもう一つは、彼の注意を引き付けている間に、対象:ルセリを捕縛、もしくは抹殺する部隊である。
姿を消し、気配を断って、密やかに目的地へと近付く彼女たちは、遠目に目標を確認する。
無暗矢鱈と大きな焚火の側で、マントに包まりながら寝ている姿を発見した。
対象の無防備な姿を見て取った彼女たちは、安易に近付いていく。
寝ているルセリに起きる気配はまるでない。
やがて、天使たちはルセリを取り囲むように並び立つ。
その時だった。
森を包み込む、圧倒的強者の気配が放たれたのは。
全身を貫く絶対的な死の気配に、彼女たちは捕縛するという失敗する可能性のある選択肢を排除する。
不必要なまでに彼女を囲んでいた天使たちは、部隊名を象徴する黒槍を掲げ、躊躇なくルセリを貫いた。
貫いた、筈だった。
彼女たちの手に、肉を貫いた手応えがまるで返ってこなかった。
あるのは、硬い地面を突いた感触だけである。
そして、それを証明するように、ルセリは槍衾に全身を余す事無く突き刺された状態で、先程までとまるで変らぬ様子で寝息を立てていた。
「ホログラム……という奴よ」
凛と、女性の声が響き、同時に唸り声のようにも取れる鈍い音が通り過ぎた。
囲んでいた天使たちの一角が、崩れ落ちる。
胴体の真ん中から二つに斬り裂かれ、支えを失った上体が地面へと転がった。
隠していた物が消えた事で、視線が通る。
斬り裂かれた天使たちの背後には、円筒形の装置から赤い光の刃を伸ばした、背信者ルセリが立っていた。
「単純な光学迷彩とホログラムで、簡単に騙されるんだもの。
天使も平和ボケってするのね」
人間の文明を熟知していた過去であれば、目を騙すだけの安っぽい仕掛けなど、あっさりと見抜いてまるで意味を為さなかった。
だというのに、この天使たちは気付くどころか、疑う事すらせずに行動し、結果、期待が外れて大きな隙さえも見せていた。
認識がかつての戦時中のままであるルセリにとって、逆に驚いてしまうほどの耄碌ぶりである。
そんな、現代とはズレた感想を言いながら、彼女は瞬発する。
天使は敵である。
見かけたら取り敢えず殺しておけ、が過去に流行った標語であり、常識だ。
だから、ルセリは容赦しない。
鈍い駆動音を立てる光学剣を振るい、近くの天使たちを次々と焼き切っていく。
その威力は絶大で、彼女たちが身に付けている、現代の基準において強力な部類に入る黒鋼の鎧を、薄紙のように斬って捨てていた。
それはそうだろう。
射程距離、という非常にシビアな条件がある為に、過去では護身用程度にしか使われていなかった武器であるが、この光学剣の持つ攻撃力は、宇宙戦艦の装甲さえも破れるほどの物なのだ。
まともに受け止めようとする方が間違っている。
天使たちが持つ武器も防具も、一切合切纏めて真っ二つにできる。
とはいえ、ルセリは戦士ではない。
あくまでも科学者であり、この戦闘能力は、武器等によって底上げされた、力任せの雑な物である。
故に、近接戦闘を行う戦士として造られている天使たちには、必然的にできる隙を突くなど、造作もない事だった。
「…………」
隙を見つけた黒槍が突き込まれる。
「あら、そんな事も想定していないと思われていたのかしら?」
だが、刺さる事はなかった。
ルセリの体表面に当たって、そこで止まってしまっていた。
遊泳用簡易式強化外皮。
レジャー用品の、一般的に流通していた軍用品ですらない装備。
だが、仮にも宇宙服である。
デブリなどとぶつかり、万が一にでも穴が開いてしまえば、着用者は一発で死んでしまう。
その為、安全性を考慮し、非常に頑丈に作られている。
見えないエネルギー防護服は、業物ではあるが、ただの槍に貫かれるほど、軟な代物ではなかったのだ。
「はい、残念賞」
隙を突いたつもりで不用意に近付いた天使が、一撃で斬り殺される。
分が悪い、と判断する天使たち。
この場に来た者たちは、全員が第九位階天使なのだ。
自意識が薄い分、冷静に冷徹に状況を判断できる。
彼女たちはルセリに背を向けて、逃走へと移った。
「……鴨撃ち同然ね」
空へと飛び立つ天使たちを見て、ルセリは呟く。
普通に追っても良いのだが、鈍っている勘を研ぎ直す意味で様々な戦い方をすべきだろう。
そう思った彼女は、光学剣の切っ先を天使の背へと向ける。
「バキュン」
手元のスイッチを切り替えれば、光の刃が射出された。
光の速さで飛翔したそれは、狙い違わず天使も一体を貫いて、簡単に撃ち落としてしまう。
実は遠近両用の武器なのである。
尤も、エネルギー源から離れてしまう為、射撃モードは斬撃モードに比べて格段に威力が落ちてしまうし、本物のビームガンに比べても射程や威力、使い勝手がお察しレベルなので、やはりただのジョーク機能なのだが。
「さっすが、私。
良い腕してるわ」
一発で命中させられた事に、ルセリは自画自賛する。
とはいえ、あまり自慢できる事ではない。
少なくとも、過去時代では、こんな目に見えるような距離を当てるなど、誰にでもできて当然レベルの芸でしかないのだから。
遠距離攻撃もある、と理解した残る天使たちは、滅茶苦茶な軌道を取りながら、回避行動をする。
「……天使の研究、私たちがどれくらい進めていたのかも、もう覚えていないのね」
自分たちの文明が、どれほどに過去のものとされているのか。
それを実感しながら、ルセリは一発一発確実に当てていく。
ルセリの目には見えているのだ。
天使が次の瞬間にどの位置にいるのかが。
それは、達人が持つ直感によるものではない。
純然たる技術力によるものだ。
彼女の目に入れられたコンタクトレンズが、天使が持つエネルギーや筋肉の動きを観測し、次の瞬間の動きを予想し、伝えてくれているのである。
かつては、それを知って、それを踏まえた上で、誤魔化したり逆手に取った戦術が、末端に至るまで組み込まれていたのだが、目の前の天使たちはそれを知らないらしい。
時の流れを感じ取った彼女は、少しの寂しさを感じながら、淡々と全滅させてしまう。
戦闘時間は、一分とかかっていないだろう。
それ程に圧倒的な戦果だった。
「さてと、じゃ、一応、ツムギの様子でも見に行きましょうか。
この覇気を見る限り、全然余裕そうだけど」
ビリビリと世界が震えるほどの覇気を肌で感じつつ、全滅させた証拠として天使の亡骸を一つ拾って、ルセリはツムギの下へと歩き出すのだった。




