最終話:旅の終わり 改訂版
全き虚無の中に浮かぶ、小さな神殿。
中心には、直径10メートル程度の、淡く輝く罅割れた石の円盤が据えられている。
その周囲を囲むように、僅かばかりの隙間を開けて、白亜の柱が並んでいた。
それら以外には、何もない空虚な空間である。
だが、その時、円盤が強く輝いた。
数瞬の光の後には、円盤の中心に一人の少女がぽつんと立っていた。
「…………静かね」
久し振りに戻ってきた《アーク》の中は、驚くほどに静かで何の音もしない。
さっきまでいた場所とは大違いだ。
少女は、手に持っていた大きな荷物をその場に置くと、こつこつと音を立てながら円盤を一周する。
そう大きくない円盤だ。
それもすぐに終わる。
少女は、小さく吐息する。
「ふぅ……。
いざ、と思うと、意外と感慨深いものがあるわね」
僅かに微笑むと、彼女は置いていた荷物を紐解く。
出てくるのは、取り留めもなく、節操のない品物の数々だ。
何かよく分からない植物の種があったり、やたらと切れ味の良い包丁があったり。
何に使えと言うのか、人の頭蓋骨があれば、筋トレグッズもある。
誰が入れたのか、どれもこれもが分かり易過ぎる品々だ。
濃いキャラクターをしていた面々を思い出せば、少女の顔には知らず知らずに笑みが浮かんでいた。
全ての品を取り出した少女は、それらに囲まれながら、懐に仕舞っていた物を取り出す。
それは、手の平サイズの小さなメダル。
表面に、鳥が翼を広げた様な紋章を刻んだものだ。
暫し、無言でそれを眺めていたが、数秒の瞑目をした後に、覚悟を決めたように起句を唱える。
「……アクセス」
『ルセリ・アルトン主席研究員と認識しました。
《アーク》へようこそ』
《アーク》の管理システムが起動し、権限保有者のコマンドを待つ。
「ボックス、ナンバー0を解放して」
『了。
ボックス、ナンバー0を解放します』
指示に従い、空間の狭間に仕舞い込まれていたアイテムが、少女の前に並んで出現する。
それらは、彼女が今、手に持っているメダルと同じ外見をしていた。
数にして9個。
少女が持っている物を含めて、丁度10個ある。
「最後の1枚……回収、完了……と。
……全部破壊して」
『了。
破壊します』
少女の言葉に、即座に応える。
見えない圧力がかかったように、10枚のメダルはひしゃげ、罅割れ、あっさりと粉々になってしまった。
「これで……」
少女は、肩の荷が下りたとばかりに吐息しながら、一人で呟く。
「これで、私の役目は終わり」
自身に課した、全ての条件はクリアされた。
後はもう、全てを終わりにするだけだ。
「自壊プログラムを」
『了。
自壊プログラムは、現在、待機状態です。
――実行しますか?』
僅かな逡巡。
走馬灯のように、彼女の脳裏をこれまでの人生が、思い出が過る。
だが、その執着、あるいは未練を断ち切り、少女は決断する。
「Yes」
『了。
当機、《アーク》を完全破壊します』
途端、世界が罅割れた。
最初に壊れたのは、周囲を囲む白亜の柱群だ。
無残に罅割れ、崩れ落ち、虚無の中へと溶けていく。
次いで、少女の乗る円盤も、崩壊していく。
徐々に足場が失われていく中、少女は指にはめていた小さな金属環を取り外す。
見れば、それの内側に文字が刻まれていた。
「〝ルセリ・アルトンへの永遠の愛を捧げる〟。
ふふっ、全く。
最初から最後まで変わらないわね」
声に出して読めば、つい笑みが零れる。
同時に、目の端からは涙が落ちた。
彼女は指輪をきつく胸に抱いて、その場にへたり込んだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ツムギ!
私は、あなたを待っていられなかった!
あなたを、信じきれなかった……!」
絶対に迎えに行くと、そう約束してくれた。
だけど、少女はその約束を気休めだと思ってしまった。
来られる訳が無いと、そう思ってしまった。
だから、全てを終わりにしてしまったのだ。
たくさんの思い出をくれた彼。
たくさんの愛を与えてくれた彼。
共に生きようと言ってくれた彼。
そんな彼を、裏切ったのだ。
「ありがとう。ツムギ、ありがとう。
あなたと過ごした時間は、本当に楽しかったわ」
いよいよ崩壊が進み、円盤は少女のいる僅かな部分しか残っていない。
それが罅割れる。
「ツムギ。愛していたわ。
私も、あなたを愛していたの。
……ごめんなさい」
届かない愛と贖罪の言葉を口にした直後、崩れ落ちた。
少女は、力無く虚無の中へと放り出され、零へと溶けて消える。
彼女の手から零れ落ちた指輪も、彼女の想いと共に消え去るのだった。
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これは、神に棄てられし男と、神に背きし女が、偶然の出会いを果たし、その果てに辿り着くまでの物語である。
※簡易世界観
レベルとかスキルとか、そういうのがあるファンタジー舞台。
但し、主人公もヒロインもそういうの持ってないし、魔法も使えません。
理由は追々。