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旅の終わり……  作者: 方丈陽田
第一章:運命の綻び
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第十七話:《修羅》の拳

 彼が、その身に内包する気迫を曝け出した瞬間、森が大きくざわめいた。

 起きていた者も、眠っていた者も、誰一人として関係なく、全ての生物が圧倒的な脅威を感じ取り、即座に故郷を捨てる決断を下したのだ。


 バサバサ、と。

 ガサガサ、と。

 一秒でも早く、一歩でも遠くへと逃げようと、彼らは我武者羅に逃亡を図った。


「っ……!」


 レインが、その場に留まった事は、決してツムギに勝てると踏んだからではない。


 矜持。


 神の正義を為す己が、神に仇為す存在に背を向ける訳にはいかない、という思考が故である。


「カカカッ、逃げなかった事は褒めてやるぜ」


 獰猛な笑みを浮かべて、挑発的な事を言うツムギ。

 人間如きが、ともレインは思うが、そんな思いを彼の威圧が塗り潰してしまう。


「神の御意志を理解せぬ罪人がッ!

 我が槍で成敗してくれる!」

「意見の押しつけは止めて貰おうか。

 そんな理不尽な奴には、鉄拳をくれてやる」


 ツムギが拳を固く握る。

 それを体の後ろに隠すように構えた。


 まるで、その姿は引き絞られた弓矢のようだと、レインは感じた。


 ぞくり、と悪寒が背筋を駆け抜ける。


 彼女は自らの直感が鳴らした警報を信じて、後先考えない回避運動を取った。


 それが、彼女の命を救った。


「うらぁっ!」


 放たれる、ただのパンチ。

 だが、超人の筋力で放たれたそれは、大気を爆散させ、衝撃波となって上空を蹂躙した。


「ぐっ、うおぉああああぁぁぁぁぁ……!?」


 暴風の如く叩き付けられる余波に巻かれて、レインは飛んでいる事も出来ずに大地へと叩き付けられてしまう。


 他の面々も、似たようなものだ。


 大多数は、発生した衝撃波に耐え切れずに引き裂かれて、肉片となってそこらに散らばっている。

 運の良かった少数だけが、レインと同じように地面に叩き付けられるだけで済み、なんとか命を拾っていた。

 だが、生き残った全員が翼を折られ、手足も不自然に曲がっており、とても戦いを継続できる状態ではない。


 たったの一撃。

 しかも、直撃した訳でもなく、その余波をぶつけられただけだ。


 だというのに、最強と謳われた集団の一部隊が、跡形もなく壊滅させられていた。


「化け物めッ! どっちが理不尽だ!」

「カミ様ほどじゃあねぇだろ」


 本物の神霊の力は、こんな物ではない。

 それを知っているツムギは、軽く言い返しながら、一歩を踏み出す。


「くっ……!」


 命の危険を感じたレインは、合わせて一歩を後退った。

 その様子を見て、若干、ツムギは意欲を削がれる。


「ったく、喧嘩売ってきといて、情けなさ過ぎだろ、そいつは。

 これじゃあ、弱い者虐めしてるみたいじゃねぇか」


 気が乗らん、とそっぽを向いて頭を掻くツムギ。


 明らかな油断、明らかな隙。


 怯えた自分に叱咤を入れたレインは、その瞬間に飛び出す。

 黒槍を握りしめ、最速で化け物に向けて突き出した。


 それは、極限状態が生み出した、生涯最高の一撃だった。


 だというのに、


「案外と元気だな。まだやる気があったのか」


 ツムギは、見もせずに、欠伸を噛み殺しながら、指先だけで挟み止めていた。


「そん、な……」


 あまりの結果に、レインは愕然とする。


 征罰衆統括官以外では、下界に存在する神の手勢の誰であっても勝てない、相手にすらならない。

 そうと言われて、処分を諦められて、放置されている大罪人。


 レインは、大げさだと思っていた。

 そして、怠慢だとも思っていた。

 神の正義を為さない上官たちを、背教者だと断じていた。


 だが、思い知ってしまった。

 この世には、理不尽と不条理を押し固めた怪物がいるのだと、身をもって理解してしまった。


 ツムギの指先に、力が籠められる。

 それだけで、自慢の槍の穂先が砕け散ってしまう。


「さて、どうしようか?」


 振り向いたツムギの顔に、戦意の色はない。


 だが、だからこそ、レインは死を想起した。


 道端の蟻を潰すように、自分も殺されるのだと。


 そんな時だった。


 近くの茂みが揺れて、ひょっこりと天使が顔を出したのは。


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