第十五話:デザイン・チルドレン
豪快な肉料理を見事に食いつくしたツムギは、大地の上にルセリと並んで寝転がっていた。
その表情は、満足という感情一色に輝いており、存分に隣から伝わってくる彼女の香りと仄かな暖かさを堪能している。
「……あっきれた。
あの量を、本当に一人で食べきるなんて。
どういう身体をしてるのかしら?」
「カッカッカッ、俺の身体は消化吸収が早いんだよ。
胃袋に入れる端から吸収して血肉にしちまうんだ」
「いや、それにしたって、異常でしょ。
食べた質量は何処に行ってるのかしら。
……ねぇ、一度、解剖してみても良いかしら?」
「可愛い顔して、中々過激な事を言うな」
「そうかしら?」
あまり自覚がないのか、きょとんとした顔をするルセリ。
そんな顔も良い、と一人で楽しみながら、ツムギは軽い調子で言う。
「まっ、それはその内な。
流石に時と場合を選んで欲しい所だ」
「じゃあ、時と場合を選べば良いのね♪」
「応よ。
ルセリには、俺の全てを知って欲しいからな!」
ツムギはツムギで、大分狂っていた。
許可が出た事で上機嫌になるルセリに、彼は話をねだる。
「なぁなぁ、寝物語にルセリの話もしてくれよ」
「私?」
「そうそう。
俺様、ルセリの事をもっと知りたいなぁ、ってな。
身の上話でも聞かせてくんね?」
少し迷ったようだが、すぐに彼女は頷く。
「……そうね。
まぁ、あなたの話も聞かせてもらったし、良いわよ」
ごろりと転がり、ルセリは星の輝く夜空を見上げながら、ゆっくりと語り始める。
「ちゃんと言ってなかったと思うんだけど、私の生まれはもう分かってるわよね?
この時代から大体3000年前……」
「人神大戦の終末期だな。
ほぼ人間の負けが確定してた、やべー時代だ」
「その通りよ。
まぁ、どんな戦争でもそうでしょうけど、負け戦ほど酷い物はないわ。
あの頃は、本当に狂っていたわ。
人も、そして神もね」
ルセリが誕生する少し前に、とある出来事があって人間側の士気が総崩れになってしまったのだ。
その隙を突かれ、有力な戦力の悉くご討ち取られてしまっていた。
だからこそ、ルセリが生まれたとも言えるのだが。
「当時にはね、一人の英雄がいたの。
その身一つで、ろくに兵器も持たずに、たった一本の刃だけで、数多の神々を滅ぼした人類史上最強の大英雄、悲恋戦姫」
世界が生んだバグとまで呼ばれた、真の怪物だ。
彼女がいる。
彼女が立っている。
それがあらゆる面で劣っていた人類に残された最後の支えであり、そして神々にとっても脅威と恐怖の象徴だった。
だが、そんな彼女も戦火の中に没し、その命を散らせてしまった。
「だけど、彼女だって一人の人間だったのよ。
殺されれば、ちゃんと死ぬ。
そんな生き物だった」
「死んだか」
「ええ、それはもうあっさりと。
それが決定打になって、人間は総崩れになっちゃったんだけどね。
でも、人間は諦められなかった。
敗北を受け入れる事を良しとしなかった。
逆転の目もないってのにね」
「それで? 何をしようとしたんだ?」
ツムギには、おおよそ予想がついていた。
ラピスという人物の技能と結びつければ、それは容易な事だった。
その予想に違わぬ台詞を、ルセリは紡ぐ。
「創ろうとしたのよ、新しい英雄を」
「…………」
「"デザイン・チルドレン"プロジェクトって、呼ばれていたわ。
精子と卵子の時点から遺伝子操作を徹底的に施して……あっ、遺伝子って分かるかしら?」
「ああ、"俺は"分かるよ」
「そう、なら良かった。
それを操作して、人工的に超人を創ろうっていう計画」
ルセリは言葉を区切り、少しだけ胸に溜まっていた息を吐き出す。
熱を抜いた彼女は、再び口を開いた。
「元々、そういう思想はあったのよ。
自分達よりも優れている神々に対抗するには、それしかないって唱える思想は。
でも、倫理とか道徳とか、あとは自分達が劣っている事を素直に認められない意地とか、そういう理由で認められていなかったの」
「だけど、事情が変わった訳だ。
俺みたいに」
「そうね。
英雄が死んで、いよいよ追い詰められた人々は、もう形振り構っていられないとして、そのプロジェクトを立ち上げたの」
ルセリは、改めて名乗る。
生まれた、生み出された時に与えられた名前を。
「デザイン・チルドレン試作一号機"ルセリ"。
私は、一番最初に創られた英雄の試作品なのよ」
「の、割には、然程強い感じには見えないんですけど?」
ルセリの強さは、過去の技術で底上げされたものだ。
彼女単体としての性能は、近くで骨になっているマーダーベアにも及ばないだろう。
ツムギの目には、とても神々を滅ぼす英雄には見えない。
「当たり前よ。
だって、私は失敗作だもの」
あっけらかんと、自身の事を出来損ないだと彼女は言う。
「身体能力も身体強度も、予測水準を大きく下回っていたわ。
成長性も乏しくて、まぁ、一流アスリート程度にしかなれない性能しか持たなかったの」
ただの人としては、最上級の才を持っていた。
だが、彼女に求められていたのは、人を超え、神さえも超える超人としての才だ。
それを持たない彼女が、"失敗作"の烙印を押されるのは、仕方のない事なのだろう。
「まぁ、当然よね。
初めての試みだもの。
一発で成功すると考える方がおかしいわ」
失敗を積み重ね、原因を洗い出し、修正を繰り返して、その果てに完璧を目指していく。
それが研究というものだ。
そういう意味では、ルセリは一つの有意義な失敗例であり、決して無駄な存在だった訳ではない。
実際に、彼女の例を検証して、その結論を反映させた後続の試作機たちは、より高い水準の能力を持っていたのだから。
「私は一つの失敗例としては優秀だったけど、実用的ではなかった。
だから、検証が終わった時点で廃棄される予定になっていたの」
追い詰められていた人類には、無駄なリソースを費やしているだけの余裕はなかった。
ごく普通の子供たちだって、配給でなんとか食い繋いでいる状態だったのだ。
単なる失敗作をわざわざ生かしておくだけの余力など、何処にもなかった。
「だけど、廃棄処分される予定だった私を、引き取ると言ってくれた人がいたの。
それが……」
「マザー・ラピス大先生様だったって訳だ」
言葉を引き継ぎ、ツムギが答えを言う。
ルセリはそれに笑顔で頷く。
「ええ、そうよ。
当時、デザイン・チルドレンプロジェクトのリーダーをしていたラピスお母さんが、私を育てるって言ってね。
養子として引き取ってくれたの」
昔を懐かしむように、彼女は笑みを浮かべて語る。
「娘として、大層可愛がって貰ったわ。
お腹一杯ご飯は食べさせて貰ったし、教育だって惜しみ無く与えて貰った。
そのおかげでね、私は一人の科学者として歩く事ができるようになったの」
「……正直、マッドな部分しか見てない俺には、想像の付かない話だな」
「お母さんとしての顔しか知らない私にとっても、あなたの語るラピスが同一人物なのか、とても疑問なんだけど?」
少しだけ、疑念の籠った厳しい視線をくれてから、ルセリは気を取り直す。
「まっ、私の生涯は、大体こんな所よ。
その後で、まぁ色々あって《アーク》を造ったり、それを封印するために引きこもりになったりしたの」
大雑把に語り終えたルセリに、ツムギは短く感想を伝えた。
「……まぁ、なんつーか、ルセリも大概苦労してんだな」
「ええ、そうね。
苦労はたくさんあったわ。
でも、良い人生よ。
私は私の軌跡に恥も後悔もないわ。
胸を張って、良い人生だったって言えるわ」
「羨ましい限りだよ、全く。
俺なんて恥も後悔も多い事多い事。
目を覆わんばかりだ」
出来損ないと呼ばれた男と、失敗作と呼ばれた女。
似た評価を受けながらも、自らの一生に対する想いは、まるで対照的なのだった。




