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旅の終わり……  作者: 方丈陽田
第一章:運命の綻び
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第十四話:世話役

「うっ、そろそろ限界かも」


 食事が進み、食べ終えた串の数が十本を超えた辺りで、ルセリはギブアップを告げた。


 大ぶりな肉を刺していたのだ。

 女性としてはよく食べた方だろう。

 それでも、元が巨大なマーダーベアである。

 まだまだ数十キロほどは残りがあった。


 戦争末期の極限状態を生きていた彼女にとって、ご飯のお残しは許しがたい大罪だ。

 そんな贅沢が許される事は絶対にない。


 それ故に、まだ残っている肉の塊を睨みながら、悔し気な唸りを上げる。


「はははっ、無理すんなよ。

 残りは俺が全部食べるから。

 代わりに、消化に良いスープでも作るか」

「……一人で食べきれる量じゃないでしょ、流石にそれは」


 笑って、安心させるように言うツムギだが、明らかに肉の量が彼の体積よりも多い。

 その様に彼女は指摘するが、指を横に振りながらツムギは否定する。


「ノンノン。

 侮って貰っちゃあ、お兄さん、困っちゃうぜ。

 俺の胃袋は異次元だ。

 無限に物が食えるんだぜ!?」

「……ほんとかどうか、これから見させて貰うわ。

 嘘だったら罰ゲームね。

 決まり」

「おっしゃ、かかってこい!

 ちなみに、食べきったらご褒美はありますか!?」


 挑発するような事を言うルセリに、ツムギは自信満々で受けて立つ。


 よほど賭けに勝てる自信があるのだろう。

 更には、賞品まで要求してくる。


 少し考えた後、ルセリは伝える。


「じゃあ、本当に食べきれたら、今夜は添い寝をしてあげるわ」

「……………………マジで?」


 思ってもみなかった魅力的な提案に、思わず聞き返してしまうツムギである。

 話題が残飯処理であるとは思えないほど、異様に真剣な様子の彼女は、まるで動じる事無く頷く。


「大マジよ。

 食べ物を粗末にする奴は万死に値するわ」


 はっきりと言いきった。


「……後からやっぱ無しとか言わないよな?」

「科学者は嘘を吐かない。

 これは常識よ」

「よし。凄く腹が減ってきたぞ」


 意中の女からの蠱惑的な誘いに、ツムギもまた異常に目を輝かせる。


 実際、彼にとってはこの程度の量など問題なく完食できる。

 つまり、勝てる勝負なのだ。

 やらない理由が無さ過ぎる。


「あっ、勿論、変なとこ触ったりしたらぶっ飛ばすからね?」

「生殺し……!

 でも、それも良い……」


 一晩中、ルセリの匂いと温もりを堪能できるのならば、お触り厳禁でも充分にやる価値はある。

 やる気を漲らせたツムギは、ひとまず手頃な大きさの石を取って、爪ナイフで斬り裂いた。


「では、まずスープの準備から始めます」

「あ、そっちも忘れてなかったんだ」


 こまめな点数稼ぎこそ、出来る男の所業なのである。

 勢い余って減点する事も多々あるのが問題だが。


~~~~~


 即席の石鍋に、次々と具を放り込んでいく。


「肉は出汁が取れる程度で良いな。

 あとは、消化吸収を助けてくれるハーブ類をパッパと、でもって香り付け用の草花を入れて。

 あとは、火の中でぐつぐつと煮込みましょう」


 ツムギは、手際よく即席で準備を終える。


 大雑把な男料理ではあるが、大自然の中でのキャンプというシチュエーションが風味の底上げをしてくれていた。

 少しすれば、火にかけた石鍋から香しい匂いが立ち始める。

 その香りは食欲を刺激し、腹が一杯になった筈のルセリでも、まだ食べられそうな程に美味しそうな物だった。


「ほい、完成。熱いから気を付けろよ」


 やがて、充分に火が通り、出汁類も取れたと判断したツムギが石鍋を回収し、簡易的な熱遮断として熊革の一部で包みながら、ルセリへと差し出す。


「ありがと。

 ……随分と手際が良いわね」


 受け取りながら、彼女はツムギの意外な一面に感心する。


「ふっふっふっ、まぁな!

 いやな、マザー大先生の助手時代に結構仕込まれたのよ。

 あの人、ろくに家事なんてしないし、料理だって食えれば何だって良いでしょ? っていう類の人間でな。

 マザー大先生が飯を用意したら基本的に人の食い物が出てこないんだわ」

「……お母さん、結構、料理してくれたんだけど。

 聞けば聞くほど、別人なんじゃないかって思えてくるわ」


 本当に、同じ名前を名乗っているだけの別人としか思えない。

 だが、彼は否と言う。


「多分、同一人物だぜ。勘だけどな。

 昔は、ちゃんとお母さんしてたんだろ。

 俺とあの人は……別にそういう関係じゃねぇしな。

 主人と従者?

 よくてそんな感じだろ。

 だから、世話とか焼いてくれなかったんじゃねぇかな」


 むしろ自分の世話を焼けという具合だった、と、ツムギは当時の生活を思い返す。


「……ふぅん。なんか納得できるかも。

 あっ、美味しい」


 話を聞きながら、少しだけ冷めたスープを一口飲んで、ルセリは感嘆の声を上げた。


 程好い香りに、肉と山菜の味がよく滲み出ており、満腹になった胃袋にじんわりと沁み込んでいくような心地よさがある。


「気に入って貰えたようで何よりさ」


 こうして惚れた女に喜んで貰えるのだ。

 当時は、何で自分が、と嫌気の差していた家事仕事であったが、この瞬間の為にあったのだと思えば感謝の一つも沸いてくる。


 心からの喜びを胸に抱いたツムギは、今度は色欲を満たす為に巨大な肉の塊を、串というかもはや杭という太さの得物に突き刺して、火の中へと投入するのだった。


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