第十二話:クソッタレな過去
「まぁ、今の世界はそんな感じで、話を本題に戻すんだけどさ。
俺の半生って奴を聞いて下さいな。
ハンカチなしには語れない、涙涙の物語でござんすよ?」
「それは楽しみね。
是非とも聞かせて頂戴な。
本当に私を泣かせられたら、いい子いい子って頭を撫でてあげるわ」
「マジかよ。超語る気になったわ。
心して聞けよ、マドモアゼル」
ふざけた調子を振り撒きながら、ツムギは口を開く。
「まずは生まれなんだが、実は俺ってば結構良い所の生まれでな。
今でこそ、こんなに落ちぶれちゃいるけど、生家そのものは御貴族様だったんだよ。
しかも、人間世界の覇権国家の大貴族。
超お偉いさんだぜ?
ほぼ世界の頂点だよな!」
「それで? それが何でこんな所でサバイバルしてるのかしら?」
「簡潔に言えば、俺は生まれつき〝ギフト〟を宿していなかったんだ」
「それは……、そんな事って有り得るの?」
全てを完全に完璧に管理したい神々にとって、例外などあってはならない筈だ。
一つでも支配下にない存在がいては、彼らにとっては面白くない事だろう。
ちっぽけな人の意思を、今更、彼らが取るに足らないなどと思う筈もない。
なにせ、かつてはその所為で己たちも滅ぼされかけたのだから。
特に、彼らにとっては悪夢であっただろう、悲恋戦姫の事を思うのならば。
人間一人の力などたかが知れている、なんて事は間違っても思ってはならないだろう。
だが、ツムギは事実だという。
「実際の所、何でそうだったのかなんて事は知らねぇ。
興味もないしな。
単純に、神様って奴と相性が悪かっただけなのかもしれないし、あるいは意図的に出来損ないを作る事で、より効率的に他の人間どもに優越感を持たせようとしていたのかもしれねぇ。
だけど、理由なんてどうでも良いんだよ。
意味があろうとなかろうと、俺にとっちゃただの現実で、クソッタレの始まりってだけさ」
「出来損ない……。
そうよね。
誰もが持つ力を、ただ一人だけ持っていないのだもの。
出来損ないと呼ばれても、おかしくないわよね」
その言葉に思う所があるのか、ルセリは神妙に頷く。
「普通は生まれたその時には持ってるもんなんだが、発現が遅い奴ってのが稀に生まれる事もあるんだ。
俺もそうなんだろう、って事で、一応、十になるまではちゃんと育てられてたんだ」
「だけど、やっぱりギフトが宿る事はなかった」
「まっ、そういうこった。
結局、何をどうしても発現しないもんだから、俺は出来損ないの烙印を押されて放逐されたのさ。
ククッ、クソ親父ってば笑えるぜ?
父親の情が残っているからって言って、殺さずに放り出すんだとよ。
最後の願いは、絶対に自分と血が繋がっているなどと言わないでくれ、だと。
傑作だよな!」
軽快に笑い飛ばしているが、中々に重い話だ。
暗くなるよりはマシ、と考えたルセリは、その語りに乗っかる事にする。
「まぁ、ありがちな話ね。
それで? あなたはどうしたのかしら?
娯楽小説にあるように、復讐か何かでも誓ったの?」
「最初は、な」
言葉を区切り、ツムギは大きく肉を齧る。
荒々しく噛み砕いて飲み込んだ彼は、続きを話し始めた。
「最初はさ、絶対に見返してやるー、とか、俺を見捨てた連中に目に物見せてやるー、とか、そんな事を考えてた訳よ。
出来損ないだった自分が悪いってのに、それを棚上げした馬鹿な男だよな」
「まさしくその通りね」
「そこは否定してくれようぜ?
だけどもよ、そんな事を考えていられるのって、余裕がある証拠だろ?
満足に生きていく事が出来て、初めて考えていられる思考じゃねぇか」
「……余裕、無くなったのね」
「まぁな」
憐みの視線に、彼は苦笑いを浮かべる。
「自己紹介の時に言ったろ?
俺は劣等民だって。まともな仕事になんざ付けやしないんだよ。
実力主義が基本の冒険者やるにしたって、ギフトがないんじゃ登録時点で門前払いだしな。
手切れ金みたいなもんはあったんだが、すぐにそんなものは使い果たすし、日銭を稼ごうにも仕事なんざないし、あっという間にスラムの住人入りよ」
当時の事を思い出して、自嘲の笑みを放ちながら語る。
「きったねぇゴミを漁って、腐りきった残飯を犬猫と取り合ったりな。
汚物を見る視線に耐えながら物乞いしたり、クソつまんねぇ小悪党の下っ端のパシリをやって、やたら危ない癖にしけた取り分しか貰えねぇ、全く割に合わない事をやったりと、まぁクソッタレな日常を送ってた。
ククッ、生きる余裕がなくなると、人間、復讐だの何だの、そんな娯楽を考えられなくなるのな、マジで」
「それが、今はどうしてそうなったの?」
今のツムギは、そんな最底辺にはとても思えない。
サバイバルをしていても、身体には清潔感が保たれており、これまでに見せた強さも人間の範疇を超えている。
今しがた門前払いだと言ったのに、冒険者だとも名乗っていた。
おそらく、とルセリは思う。
おそらく、母ラピスが何かをしたのだろう。
ギフトに匹敵する、あるいはギフトさえも超越する改造を。
ルセリの顔を見て、彼女の想像を予測したのだろう。
ツムギはそれを肯定する。
「ご想像の通りさ。
そんな事をしていたが、いよいよ食うに困ってな。
裏路地でひっそりと生き倒れてたんだが、そこを偶然にマザー・ラピス大先生様が通りかかったんだ」
あの時の事を思い出す。
普通なら、美化されるような記憶なのだろう。
だが、された事を想えば、どうしても苦い気持ちが沸き上がってくる。
「お母さんが、ね。
優しく保護してもらったの?」
ルセリにとっては、掛け替えのない優しい母だ。
血は繋がっていなかったのだとしても、自分達は確かに親子なのだと胸を張って言える。
だから、彼にもそうしたのだろう、と思っての言葉だったが、返ってきた解答は予想の遥か上空を飛び去っていく物だった。
「いや、これは良い被検体が落ちてるな、って言って問答無用で拉致された」
「えぇ……?」
あまりに、想像の外にある言動に、彼女は戸惑いを隠せない。
「そんで、革ベルト付きのベッドに縛り付けられてな。
確認も説明もなしに即効改造手術よ。
無麻酔で。
その時の台詞は、一生忘れねぇだろうな。
ベッドにはやっぱり革ベルトが似合う、だそうだ」
「お、お母さん……。
どうしちゃったの。ぐれたの?」
想像と現実の差を受け止めきれず、頭を抱える羽目になってしまった。
「大丈夫か? これからそいつに会いに行くんだが」
「……ええ、大丈夫よ。覚悟しておくから」
なんとか気を取り直したルセリは、続きを求める。
「ああ、そうだな。
最初はよ、文句たらたらだったんだよ。
何勝手な事してくれやがったんだ!
こんな邪道な力なんか求めてねぇ! ってな。
だけど、それにあの人はこう答える。
"なんかよく分からんカミ様に訳分かんねぇギフト貰うのと、なんかよく分からんマッドから訳分かんねぇ力を貰うの、なんか違うの?"ってな。
そう言われて、つい納得しちゃったんだよな。
確かに! ってよ」
「……納得しちゃったのね」
「柔軟な男だったんだよ」
「そんな一言で済ませて良い事じゃないと思うけど、それで?」
「ああ。
なんとなく改造された自分を受け入れてからは、それなりに人生を楽しめるようになってな。
マザー大先生の助手みたいな事をしながら世界を巡ってよ。
そうしたら、色々な事がどうでもよくなったんだ。
故郷の事とかな。
恨みとか憎しみとか、疲れるじゃねぇか。
そんな事に労力費やすくらいなら、もっと別の事に熱量を注いだ方がよっぽど有意義だって気付いてな」
「だから、冒険者になったの?」
「そうさ。
まだまだ、世界には知らねぇ事がある。
見た事も聞いた事もない不思議なもんがたくさんある。
そうしたもんを力一杯楽しみたいってな。
子供っぽいかね?」
冒険者の求める未知の領域が無くなったとは言うが、それはあくまで人間の支配する大陸一つに限った話だ。
その外側に、何があるのか、それとも何もないのか。
そんな前人未踏の地は、世界にはまだまだたくさんある。
ツムギは、そんな未知を楽しむために、冒険者になったのだと言う。
「いいえ、素晴らしい生き方だと思うわ」
心から、ルセリはその生き方を肯定する。
「知らないものを知りたい。
分からないものを分かりたい。
その知識欲は、大変に素晴らしいものよ。
そんな自分を、あなたは誇って良いわ」
未知を、真理を、研究し、探求する科学者にとって、それは何よりも大切な資質である。
こればかりは、どんな教育を施そうともどうにかなるものではない。
科学者であるルセリは、今、初めてツムギの事を認めていた。
彼は粗暴な野生児などではなく、叡知を求める同志なのだ、と。
「ありがとう。最高の褒め言葉だぜ」
照れたように顔をほこらばせながら、感謝を告げるのだった。




