第十一話:ギフトの正体
「最初に聞いとくんだけど、ルセリはどの程度、今と昔の違いを知ってんのかね?」
「はっきり言って全く知らないわ。
ずっと《アーク》に引きこもっていたもの」
ルセリは、齧っていた串肉を振って示しながら、言う。
「大体、私たちの時代にはこんな生き物なんていなかったわよ?
わざわざ人工的に創りでもしなければ、ね」
旧文明期には、現代において魔物と定義される存在はいなかった。
人工的に創り出す技術はあったものの、実用性に乏しい為、趣味人の娯楽目的程度の物だったし、ルセリの生まれた戦争末期では、そんな娯楽に費やせるだけのリソースもなかった。
だから、正直に言って、こんな生物が繁殖している現在が信じられない。
娯楽生物である為、たとえ施設から逃げ出し、生き残ったのだとしても、繁殖能力などある訳がないので、3000年で滅んでいる筈なのだから。
つまり、これを創ったのは、勝者である神々なのだろう。
だが、その意図がまるで見えない。
意味の分からない代物と言える。
「ああ、らしいな。
マザー大先生からは、そう聞いてるよ。
じゃあ、最初から話していくか」
まず、とツムギは言う。
「一番の違いなんだが、この世界の生き物は基本的に"恩恵"と呼ばれる力を持っている」
「……お中元かお歳暮の事かしら?」
言葉から受けた印象を呟くルセリに、彼は笑って否定する。
「ははっ、それが何か知らんが、多分、思ってるのとは違うぞ。
ギフトってのは、神の力の断片さ。
そう言うとなんだか凄そうだが、実際には断片の欠片の切れ端、ってくらいのチャチな力だよ」
「神が……人間に力を与えているの?」
心底驚いた、という様子で目を丸くするルセリ。
当時の神々は、下界の生物が力を持つ事そのものを忌避していた。
その感性を思えば、信じられない気持ちでいっぱいである。
だというのに、ツムギはそうだと肯定する。
「まさにその通り。
神々と喧嘩してたお前には、信じがたい話かもな。
人間に限らず、連中はこの世界に存在するあまねく全てに、自分達の力を分け与えてる。
何でだと思う?」
僅かに思考して、ルセリはすぐに答えを出した。
「首輪ね。
二度と、自分達に逆らおうなんて不遜な思想を持たないように、適度に力を与えて満足させてるんでしょ」
連中の考えそうな事だ、と納得する彼女に、ツムギは感心する。
「おぉー、八割くらい正解。
やっぱ、無かった時代を知ってると、すぐにそこに辿り着くんだな」
「ずっと戦争してきたんだもの。
相手のしそうな事くらい分かるわ。
でも、八割ってのは残念ね。
残りの二割は何かしら?」
満点ではなかった事に、若干の不満を抱いたルセリは、頬を膨らませながら訊ねる。
その頬を凹ましたい、と可愛らしい仕草にほのぼのとした気持ちを抱きながら、ツムギは答える。
「思想統制だよ」
「……なんですって?」
「だから、思想の制限。
こうであれ、と意識を誘導する楔なのさ」
「…………ディストピアね。
連中、そこまで堕ちたか」
ギフトを受けた者は、世界への不満を、神々への反抗心を、問答無用で打ち消されてしまうのだ。
そして、もう一つ、ギフトには役割がある。
「とはいえ、だ。
そいつはあくまでも誘導程度のもの。
そこまで強固なものじゃない。
ちっとばかし、意思の強い奴なら抵抗できるし、強制力を超える反感を抱く奴だっている」
「あら、それは朗報ね。
まぁ、神の連中も完璧なんかじゃないし、穴があって当然よね」
「それで、済む訳がないんだよな。
奴らも、穴がある事は重々承知してんだよ。
だから、対処するのは、当然だとは思えないか?」
「……何をしてくれやがったわけ?」
厳しい視線で、問い詰めるルセリに、ツムギは端的に答えた。
「監視装置だよ、ギフトの本当の役目は」
「…………チッ、胸糞悪いわ」
どういう事なのか、完璧に理解したルセリは、吐き捨てるように舌打ちをした。
ギフトとは、超常の力を与える事で人々に満足心や優越感を得易くさせて、神々への反感を封じ込める為の物でしかない。
与える力は、あくまでも断片でしかなく、何をどうしようと神々を越え得る物ではなく、簡単に気持ちよくなれる都合の良い麻薬の様な物だ。
だが、そのシステムを越えて、何らかの理由で翻意を抱く者が出る事もある。
人間は自由意志を持つ生物であり、それを完全に封じ込める事はそう簡単な事ではないのだ。
そんな時はどうするか。
逸早く察知して、無力化するに決まっている。
「……そういう時、どうするのか、一応、聞いておくわ」
「方法なんざ色々さ。
向こうは世界なんだ。
適当な神官に信託でもくれて、異端として指名手配するも良し。
天変地異でも起こして、神の怒りとして処分しても良し。
ああ、ギフトを剥奪して、神に嫌われたと見せるのも良いな。
まっ、一番、確実で最後の手段は、たった一つ」
ツムギは、遥か遠くへと視線をやって、遠い目をして言う。
「征罰衆。
天罰を直接的に下しに来る、天使の集団だ」
神々へと不変の忠誠を誓いし、正義の使者を自称する狂信者の武装集団だ。
尤も、その頂点に君臨している者を知っているツムギとしては、若干、その看板に対して疑問に思わなくもないのだが。
特に、神々への忠誠心という部分について。
「強いの?」
「間違いなく世界最強。
ぶっちゃけ、俺は相手にしたくねぇ。
その天辺にいる奴は、特にな」
断言する。
ツムギは、自分の事をそれなりに強いとは思っているし、大抵の者たちには負ける気など欠片もない。
だが、世界でただ一人、何をどうあがいてもどうしようもない、と確信してしまう相手がいる。
それが、征罰衆の統括官だ。
彼女相手には、どれ程に都合よく物を考えても、全く勝てるビジョンが浮かばない最悪の存在なのだ。
「お前も、気を付けておけよ。
部下共だけなら、まぁ勝てん事も無いが、トップが出てきたら十割負けるから。
あとは、どれだけマシな負け方になるか、だけしか考えるなよ」
「う、うん。分かったわ」
ルセリは、大真面目に語る彼の威圧に押され、こくこくと首を縦に振って頷く事しかできなかった。