第十話:忌まわしきこの世界
パチパチ、と、火が爆ぜる音が鳴る。
風に揺れる草木の音に混じって、遠くから獣の唸り声らしき物が届いた。
「よし。そろそろ良い頃合いだ。
マーダーベアの蜜解し焼き。
旨いぜ?」
「……ありがと」
串に刺した、油の滴る肉を受け取り、ルセリは小さく口を開けて齧りつく。
そのままでは固くてあまり美味しくないマーダーベアだが、下準備に彼らの蜜をよく馴染ませてやると、肉の繊維が解れて女子供でも容易に噛みきれるほど、柔らかい肉へと変わる。
簡単に千切り取れた肉を咀嚼するルセリは、その柔らかさと何より美味しい肉の味に目を見張った。
「美味しい ……。
肉に蜜って、ちょっと引いてたんだけど、あまり甘さは感じないわね」
「よく知らんのだが、火を通すとこの蜜は分解されるみたいでな。
僅かな風味しか残らんのだよ」
簡単に説明しながら、ツムギはにかりと笑みを見せる。
「やっと笑ったな。
憂いに満ちた表情も味があったが、ルセリは笑顔の方が素敵だぜ」
「むぐっ……」
彼からの言葉に、少しだけ喉に肉を詰まらせながら、彼女は自分の頬へと手を当てた。
「……そんなに酷い顔だった?」
「酷くはないさ。
何処か知的で色気のある表情だったぜ?
俺の好みの問題だな」
「そう……」
僅かな沈黙。
少しして、ルセリはツムギへと問いかける。
「ねぇ、ツムギ」
「何かな?」
「あなたは、この時代に生まれた、この時代の人間、なのよね?」
もしかしたら、コールドスリープなどで未来へとやってきた、自分と同じ時代を生きた者かもしれない。
その可能性を潰すべく問いかけた言葉に、ツムギは頷きを返した。
「……ああ、そうさ。
俺は間違いなく、今の時代の生まれさ」
「そう。
……ねぇ、今の人間であるあなたに質問なんだけど、今の世界は良い世界かしら?
人間にとって、生き易い世界なのかしら?」
「…………」
今度の質問には、無言を返す。
黙って、何も返さずに肉を頬張って咀嚼する。
「……黙秘?」
責めるように目を細めながら催促すると、ツムギは誤魔化すような笑みを浮かべた。
「いや、そういう訳じゃねぇんだけどな。
……そうさな、どう答えるべきか、ってな。
ちょっと迷った」
少しばかり、分かり易く悩んでいる素振りを見せた後に、彼は言葉を紡ぐ。
「一応、前提として頭に置いておいて欲しいんだが、俺を今の時代を代表する人間だと考えないで欲しい」
「異端……ってこと?」
「まぁ、そうだな。
俺は世界から見れば何処までも異物なんだよ。
それを前提として、さっきの質問には答えよう」
ツムギは、何処か狂気を滲ませた、獰猛な顔を見せる。
「この世界はクソさ。
下らないにも程があるし、こんな世界であれと定義する神って連中だってクソバカ野郎さ。
目の前に現れようものなら、力一杯ぶん殴ってやるのによ」
明確な、否定。
心からの言葉だと分かる、力の入った語りに、ルセリは目を丸くする。
「……そんなに?」
「あくまで、俺個人の感想だぞ。
多分、大多数は住み良い世界だって答えるだろうし、こんな世界にしてくれて神様ありがとう、なんて言うだろうぜ」
馬鹿にしたように彼は言う。
「何で……」
「あ?」
「何で、ツムギはそんなにこの世界が嫌いなの?」
「……そうさな。
簡潔に言えば、世界とそれを運営する神様って奴が、俺の事が嫌いらしいからだな」
ツムギは語り始める。
自らのクソッタレな過去の話を。




