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3-36

「じゃあー、鍵あけますねー」


 マールはゆったりとした動作で立ち上がった。

ディアスの収容されている魔人封じのおりまで行くと、躊躇ためらいなく鍵を開ける。


 カイル、エドガーが身構えた。

フリードは鋭い眼光でディアスの挙動に目を光らせて。

エレオノーラはとんがり帽子を被ると、幅広のつばの陰からディアスをうかがう。


 開け放たれたおりの扉。

ディアスはおりから身を乗り出した。

 

 その赤の瞳がキッと見据えて。

発酵菓子のケーキを。


「どぉぞー」


 マールは切り分けられた菓子を数枚小皿によそうと、ディアスに差し出した。


 ディアスは受け取った発酵菓子を頬張ると顔をほころばせる。


「お前、甘いもん好きなのか?」


 フリードがいた。


「いや、そんな事は」


 ディアスはまた発酵菓子を口に入れた。

もぐもぐと咀嚼そしゃくしながら。


「ないぞ」


 もぐもぐ。

ごっくん。


「魔人相手への」


 ディアスは発酵菓子を再び口に運んで。


「申し出だ」


 もぐもぐ。


「その配慮を思えば」


 もぐもぐ。

ごっくん。


「頂かないわけにはいかないさ」


「おかわりぃ、いりますー?」


 マールがいた。


「頂こう」


 ディアスは大きくうなずいた。


「味、感じんのか?」


 エドガーが呟いた。


「魔人堕ちになっても味覚はそのままだ。渇きも飢えも食べたところで全く消えはしないがな」


 ディアスはマールからおかわりの発酵菓子を受け取ると、それをまた口に運んだ。

さらにマールから紅茶の入ったカップを受け取ると、それを飲む。


「…………で、行かないのか?」


 ディアスがいた。


 マールを除く4人が半眼でディアスを見る。


 ディアスは空になった小皿とティーカップを置いた。

いで壁に立て掛けられた自身の剣を横目見て。


「手にとっても?」


「ああ」


 フリードが答えた。


 ディアスは剣を手に取ると鞘を腰と背中のベルトに次々と留めて。

真白ノ刃匣(マシロノハゴウ)を肩に担ぐ。


「フリードさん、首輪はどうします?」


 カイルがたずねるとフリードは首を左右に振って。


「いや、いらねぇよ。こっちから誠意を見せなきゃ、誠意は返ってこないもんだ」


 フリードは周りの仲間に順に視線を向けて。


「よし、準備しろ。つぞ!」


 フリードが声をあげる。


「───ケケケ、やっとエミリアが動いたぜ?」


 その時、アムドゥスの声が響いた。


「やっとか。お前がもうそろだって言ってから、わりと時間がかかったな」


「あと少しの距離で休憩にでも入ったんだろうぜ。ケケケケケ」


「誰と喋ってるんだ?」


 カイルが呟いた。

フリード一向はディアスを警戒し、各々の武器に手をかける。


「ブラザー?」


「ああ。いいぞ、アムドゥス」


 ディアスの言葉を受けて、アムドゥスはその姿を見せた。

ディアスの欠損箇所を補ったまま。

背中の片側から真っ黒い3枚の羽が現れると、それぞれの羽に大きな瞳が現れる。


「ケケケケ、自己紹介がまだだったなぁ。俺様の名はアムドゥス様だ。覚えておきな! ケケケケケ!」


 その声は部屋にいる全員に届いた。


「悪いな、【赤の勇者】フリード。お前の誠意、無駄にした」


「正気か? この状態で俺達に勝てるとでも?」


 フリードの鋭い眼光がディアスを捉える。


「戦うつもりはない。勝ち目がないしな」


「はっ。じゃあどうする。逃げられるつもりか?」


 エドガーは腰に下げた大きな手甲をはめ、拳を構える。


 ディアスはエドガーを横目見ると、フリードに視線を戻して。


「誠意には応えられないが、せめて詫びを1つ」


 ディアスは懐から透明な結晶の欠片を取り出すと、フリードにほうった。

フリードはそれをキャッチすると、首をかしげる。


「おそらく赤蕀の魔王の魔宮進行にも関与する、新種の魔物のものだ。魔王のいばらに覆われてその痕跡が発見できるかは分からないから、せめてもの置き土産だ」


「置き土産ねぇ。だがどうやって逃げるつもりだ?」


 フリードがいた。


 ディアスの正面にはフリード。

右にはエドガー。

左にはカイル、マール、エレオノーラが構えている。


 囲まれたディアス。

その背には大きな窓があるが、フリードの抜剣ばっけんを阻む要素がない。

背中を向ければ抜くぞ、とフリードは目で訴えている。


 ディアスはそれぞれに視線を向けた。

絶対絶命ともとれるこの状況下で、ディアスは落ち着いた声音で言う。


「今、俺のアムドゥス( 半 身 )はエミリアと契約している。そしてそれと同化している俺は────」


 ディアスはにやりと笑って。


「一定以上の距離を離れられない」


 フリードが剣の柄に手を伸ばそうと。

だがフリードが抜剣ばっけんを構えるより早く、ディアスの姿が忽然と消えた。


「『神秘を紐解く眼(アナライズ)』!」


 カイルはすかさず目に意識を集中させ、部屋を見渡して。


「ダメです、フリードさん! 隠密や気配遮断の類いじゃない。実際に消えました!」


「ハハ、やられたな」


 フリード鋭い歯牙を剥いて笑って。

だがその目には明らかな怒気がにじんでいた。

視線だけで相手を射殺せるのではと思うほどの鋭い眼差し。


「強制転移の類いのように見えたの。あやつの言葉が正しければ今頃、魔人の嬢ちゃんのとこじゃろうな」


 エレオノーラが言った。


「間に合うとは思いませんが、すぐに伝令を飛ばします」


 カイルが言った。


「…………にしても、こいつ」


 フリードはディアスが投げ渡した結晶を顔に近づけた。

その臭いを嗅ぐと再び首をかしげて。

他の仲間に聞き取れないような小さな声で呟く。


「やっぱりこの臭い、覚えがあるな。こりゃ確か」


 フリードは舌打ちを漏らして。


「ギルドの最高議会員の奴らか」

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