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「それでは、出発します」
荷馬車の先頭に座る冒険者が言った。
「ねぇちゃん、乗りなよ」
シアンが言った。
スカーレットは荷台の檻へと視線を向けた。
その中で膝を抱えて座っているエミリアを見る。
エミリアは檻の中で小さく縮こまっていた。
その片腕は大きく腫れ上がり、力なく垂れ下がっている。
「大丈夫ですよ。あの檻の中にいる限り、魔人は無力です」
冒険者の1人が言った。
「ほら、乗りなよ。俺は歩いてくからさ。アーシュガルドくんも歩きでいいよね?」
シアンが訊ねるとアーシュはうなずいた。
スカーレットは促されるままに荷台に乗り込んだ。
荷台には魔人封じの白い檻の他に水や食料の詰まった樽や木箱が積み込まれていた。
スカーレットはちょうど良い高さの木箱を見つけるとその上に腰かける。
そのすぐ隣には白い檻。
スカーレットが中を覗き見たが、エミリアは何の反応も示さなかった。
荷台の先頭に座る冒険者は手綱を振るって。
「出発!」
冒険者の掛け声と共に馬が進み出した。
その四方を冒険者が一定間隔で囲みながら歩いて。
アーシュとシアンは馬車の隣を歩いていく。
その背後で馬の嘶きが聞こえた。
アーシュが振り返るとディアスを収容した檻を乗せて、フリード達の馬車も出発する。
街道に出るため2台の馬車は町の出入り口へと向かっていた。
朝早い時間にも関わらず、町民は【赤の勇者】の見送りをしようと道に並んでいた。
歓声が飛び交い、フリードは笑顔で手を振りながら歩みを進める。
「ククッ、ずいぶんな人気だな」
ディアスが檻の中から外を眺めて言った。
「勇者は数多いる冒険者達の筆頭じゃからな。お主はあまりこういう見送りや出迎えはなかったんかえ?」
檻の隣に椅子を置き、そこに腰かけた老婆が訊いた。
「さぁな」
「まぁ、よいわ。何を企んどるか知らんが、逃げられるなんて思わんことじゃ」
老婆の銀の瞳がディアスを睨む。
ディアスは赤く燃える瞳で老婆に睨み返した。
次いでククッと笑う。
2台の馬車は町の出入り口を抜けた。
エミリアを収容した檻を乗せた馬車は山の頂き目指して。
ディアスを収容した檻を乗せた馬車は山のふもとを目指して別れる。
アーシュが後ろを振り返るが、檻の中のディアスは背中を向けたまま、アーシュに視線を返す事はなかった。
徐々にその姿が遠ざかっていく。
「アーシュガルドくん」
シアンがアーシュに声をかけた。
深い赤の瞳が心配そうにアーシュを見つめている。
「…………」
アーシュは口を尖らせるとそっぽを向いた。
「やめときなさい、愚弟」
スカーレットが荷台から身体を乗り出して言った。
「でも、ねぇちゃん────」
スカーレットはシアンの言葉を遮って耳打ちする。
「アーシュガルドはあの2人が魔人だって知った上で行動を共にしてた。冒険者を志しておきながらね」
スカーレットはアーシュを見て。
「思ったより見所があるなって思ったからパーティーに正式に誘おうかとも思ったけど、魔人相手に平然と行動ができるような人間とは一緒にいられないわ」
スカーレットが深い青の瞳でアーシュを睨んだが、アーシュはそれに気付かない。
アーシュは思い詰めたようにうつむきながら、静かに歩みを進める。
それから一行は街道を突き進み、数回の休憩を挟んで。
日が暮れ始めると冒険者達は今夜の夜営地を決め、準備を始めた。
軽い食事を済ませ、見張りの順番を決めると冒険者達は眠りについた。
スカーレットとシアンも寄り添うように1つの毛布にくるまって眠っている。
エミリアは少し離れた焚き火の灯を眺めながら、体を小刻みに震わせていた。
膝をぎゅっと抱き抱える。
その時、エミリアの垂れ下がった手をそっと握る手。
エミリアが横を見るとアーシュが檻の隙間から手を伸ばし、エミリアの手を握っていた。
「アーくん────」
エミリアはアーシュに言う。
「そっちの腕まだ折れてるから痛いんだけどー」
「え!? あ、ごめん!!」
思わずアーシュは大声で叫んで。
アーシュはそっと周りを確認すると、眠っているスカーレットとシアン、冒険者達はアーシュの声に気付かず眠っていた。
見張りの冒険者も焚き火に薪をくべていて、気にしている素振りはない。
「ごめん、エミリア」
アーシュが小声で言った。
アーシュはその手を引っ込めようとしたが、その手をエミリアが握り返して。
「けけけ、嘘だよ。ねぇ、アーくん。このまま手握っててもらっていい?」
「うん、いいよ」
「けけけけ」
エミリアは笑いながらアーシュのいる方へと移動した。
檻に体を押し付ける。




