12-8
「剣さえあれば」
ラーヴァガルドは今にも朽ちようとしている万の剣を操りながら呟いた。
自身とエレオノーラ、ギャザリンの最大威力の攻撃で畳み掛ければ、白竜の身体を穿ってその深奥にまで届き得るのに、と。
だが白竜とそこから生まれた数多の竜種の迎撃によってチャンスを幾度も潰され、今はもうその刃に鋭い切れ味はない。
技を放っても本来の威力に遠く及ばない。
「一撃でいい。一振ごとに私の技に耐え、その力を引き出すだけの威力があればええんじゃ」
ただそれだけで。
だがそれが最も、難しい。
万に及ぶ剣。
それも一振で砕けても構わないとは言っても相応の切れ味、威力を持った剣をだ。
ここは青鏡の魔王の魔宮が展開されていた跡地上空。
国や都市からも遠く離れ、補充のしようがない。
「サイラスが青鏡の魔王の担当で、生きてここにおったならあるいは……」
ラーヴァガルドは頭を振った。
同時に巨剣を操り、エレオノーラとギャザリンに迫る大型の竜種の動きを封じてトドメを2人に委ねる。
魔力で編み上げた刃がしなり、鉄拳が唸りをあげた。
一瞬で竜の四肢が切断され、その頭は叩き潰されて胴にめり込む。
血飛沫をあげて下降していく竜の背後からは、さらに次々と竜種。
「たらればを言っても仕方ない、か」
1体で街1つを滅ぼすほどの竜の大群と。
その母体となる竜の首が空一面に広がる光景を前に。
英傑と謳われた男の背はとても小さく。
「ここには剣も。剣を造り出せる者もいない」
だが未だにその心は折れない。
百戦錬磨の英傑は今も活路を求め、その紫の瞳はギラリと光る。
────だからその勝機を、見逃さない。
ラーヴァガルドの操る剣の限界に気付いてすぐ。
ディアスは彼のサポートに回ろうと。
だがそれを黒骨の魔王は、許さない。
「あは! 私はお兄ちゃんに目覚めて欲しい! お兄ちゃんの力でお姉ちゃんを倒して欲しいのっ……!」
ネバロはどろどろと真っ黒に染まった骨で形作った腕を自身の背、その体から連なる骨の濁流から幾重にも振るった。
握った刃が奏でるのは絶叫のような苦悶の声。
あるいは絞り出すような断末魔に似た風切りを伴い。
荒れ狂う一撃必殺の乱舞がディアスを襲う。
その斬撃1つ1つがディアスの攻撃を上回っていた。
ディアスは不足分の威力を数で埋めて。
だが凶撃を受け流すために束ねた刀剣蟲はまるで小さな羽虫。
一撃いなす度に剣身を覆う前羽が接がれ落ち、人の肋のように折り畳まれていた脚が砕けた身体ごとバラバラと散らばる。
「……っ!」
空からは今も激しい攻防の音が止まらない。
このままではラーヴァガルドの剣の耐久が尽きて彼らは負けてしまう。
だがラーヴァガルドのために割きたいリソースの全てを防御に回さなければ今度はディアスがやられてしまう。
誰かが時間を稼がなければ。
だけど誰がそれをできる? と。
ディアスはネバロの隙を生み、同時に膨大な刃をラーヴァガルドのもとへとどけるために。
全てを自分の力で解決しようと思考を巡らす。
諦めはしない。
だが同時に不可能なのは百も承知。
【白の勇者】のディアスのままなら、このまま防戦。
あるいは自己犠牲による捨て身の策を。
だけどここにいるディアスは在りし日の全てを失った彼ではない。
「ディルク!」
瀕死の男の名を、呼んだ。
「…………」
返事はない。
ディアスが視線を返す余裕もないのが分かりつつ、それでもディルクは眼差しで問う。
俺にどうしろと? と。
血と泥にまみれた桃色の髪の陰。
そこから覗く翠色の瞳にはわずかに期待の光があった。
ディアスはネバロの攻撃をいなすのに集中。
ディルクには目も向けず。
だけど確かに彼へと告げる。
「────手を、貸してくれ」
瞬間、4つの刃が躍った。
やっと頼った。
助けを求めたと。
ディルクはネバロへ攻撃をしかけながら思う。
いつも当たり前のように人を助けるのに。
なのに自分は助けてもらえるなんて微塵も思ってない。
そんな独りよがりの男が、と。
ディルクはディアスが嫌いだ。
だが助けられた恩がある。
死線を共にした多くの時間がある。
好き嫌いや信頼とは違う、それでも積み重ねたものがあって。
エミリアの故郷で再開したときも、ディルクはディアスが求めるならどんな形でも手を貸そうと思っていた。
魔人堕ちしてたってかまわない。
魔宮で助けた貸しがあるだろ。
同じパーティーだったろう。
理由はなんでもいい。
それでも助けを求めるならと。
だがあの時ディアスはそれを、しなかった。
ディルクがディアスに覚えていたのは絆とは違う、言うならそれは腐れ縁。
だがそんな微かな繋がりすらディアスは自分達に感じてくれてなかったのかと腹を立てた。
それ以上に悲しくなった。
だからもう会うこともないと、あの時別れを告げたのだ。
「俺の助けが必要か? 仕方ねぇ、なぁ!!」
ディルクは叫びながら剣を操作。
「ソードアーツ────」
次いでディルクは剣の魔力を解放する。
ネバロの左右にそれぞれ2本ずつ展開された剣が光へ。
その輝きは槍となってネバロの四肢を捉えた。
だがネバロにダメージはない。
その光はネバロの手足をすり抜けている。
「?」
ディアスから視線を切り、自身の手足を貫く光の槍を横目見るネバロ。
次いでその光は貫いたネバロの身体と大地と混ざり溶け合って実体を取り戻した。
ネバロの身体を拘束する楔となる。
「ソードアーツ……?」
ディルクの剣は鍛造剣だったはず、と。
ディアスはディルクの見せたソードアーツに驚きながらも、この隙にネバロから距離をとった。
すかさず真白ノ刃匣から伸びる漆黒の柄を強く握り、全身から刀剣蟲を生み出して空へと向かわせる。
「これが俺の奥の手だ。刃は鍛造だが柄は魔宮生成武具。孤児院組の中でも知ってるやつはいない。悪いが魔王、このまま足止めさせてもらうぜ」
ディルクが言った。
その言葉にネバロが振り返る。
「あなたが私の足止め? あはは、無理だよ。あなたは弱い。こんなの、なんの拘束にもならないんだから!」
ネバロは容易くディルクのソードアーツによる拘束を引きちぎった。
地面へと彼女を縫い付けていた刃が乾いた音を立てて容易く折れる。
「あは、こんなので私の動きを止められるなんて」
「思ってないさ」
ディルクは出血多量によって青ざめた顔で。
だがこれでもかと意地の悪い笑みを浮かべる。
するとネバロは異変に気付いた。
視界が揺れる。
身体が痺れる。
先ほどまで、ほとんど効果のなかったデバフが急にその効力を増して。
ネバロは今も手足と同化したままの槍の一部に視線を向けた。
「外からの攻撃じゃ通りが悪いが、融合して内部から毒が回れば魔王といえども幾分効くだろ?」
ディルクは今も虚勢を張って、にやり顔。
それにネバロは苛立たしげで。
「お兄ちゃんと同じ勇者サマみたいだけど」
その言葉にディルクの口角がピクリと揺れた。
「あなたはお兄ちゃんとは全然違う。デバフの剣でチクチクするだけ。それで勇者サマだなんて可笑しいの!」
未だにくすくすと嗤うネバロに、ディルクも不敵な笑みを以て応える。
「ああ、俺はデバフを撒くだけ。サポートが俺の役割だ。ところで、お前は1つ勘違いしてるぜ? いつ。誰が。────俺の方が紫の勇者だなんて言った?」




