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まだソードアーツやスペルアーツの普及が広がる前に攻略の第一線で戦っていた英傑の。
その力はまさに圧巻の一言。
そんな彼らがこれまで魔王討伐に乗り出さなかったのは人類側の戦力を保持し続けるためと。
何より損失なく勝利する術が、なかったからで。
これだけの力を際限なく振るい続けられるなら魔王すらも討伐できた。
だがそれはできない。
万の剣を自在に操り、さらにそれら1つ1つに高い威力を付与するための集中力と消耗はいかほどか。
硬質な上に長大な白竜の尾を一振で断ち斬った魔力の刃の生成にどれほどの魔力が必要か。
わずかな攻防ですでに2人の英傑の疲弊は大きい。
ラーヴァガルドは自分の中に巣食うスキルツリーの侵食を受け、さらに得物である剣の耐久にも限りがある。
エレオノーラは魔人をも遥かに凌ぐ魔力を保有しながらも、その残量はすでに4割。
さらに過程を問わず彼女にはタイムリミットがあり、若返りの反動でそれが尽きた時に死が確定している。
真っ向勝負で白竜を討ち倒すことはかなわない。
だから2人は白竜を使役する魔王本体に狙いを定める。
白竜の額から伸びる巨大な角の麓に1つの人影。
長い白髪を風になびかせ、途方もない遠方からでも分かるほどに瞳を赤く燃やす彼女こそ最強と謳われる【白竜の魔王】リュナウ・シルロ。
そのリソースの全てを白竜に費やし、彼女自身の戦闘能力は皆無。
それでも毅然と佇み、その姿を堂々と敵に晒す様は王者の風格か。
「嘗められたものね!」
エレオノーラは生み出した魔力の足場を蹴った。
リュナウへと向かう彼女とラーヴァガルドの前には、今も母体の巨竜から剥離して生まれる無数の竜種が。
「『その刃、我が魔力を贄に』────」
それらを前にエレオノーラは魔力を刃に。
「『砲剣』」
次いで形成した刃を砲身へ。
「『その刃、我が魔力を贄に──炸裂』」
さらにいくつもの刃を束ね内包する時限式の魔力の爆弾を生み、それを大振りの切っ先へと成形する。
魔力斬擊の剣技は変幻自在。
剣技の中で最も多彩な用途を有して。
エレオノーラは遠距離攻撃用の砲身と、罠として設置する刃の爆弾を統合した。
次いで高密度の魔力の圧縮と続けざまの解放、拡散による切っ先の高速射出。
一条の鋭い弾丸は立ちはだかる竜種を次々と貫く。
放たれた切っ先は徐々に勢いを失い、ついには竜の硬い外皮に突き刺さって動きを止め。
だが次の瞬間には内側から弾けて内包していた刃を飛散させた。
細く鋭い魔力の刃が竜を貫き、ついにはリュナウの眼前へとその切っ先が迫る。
「迎撃」
リュナウの呟きと共に彼女の周囲の鱗が逆立った。
巨大な鱗が身をよじると竜となり、竜は鋭い爪でエレオノーラの放った魔力の刃を叩き落とす。
砕けた黄金色の刃が、飛散。
舞い散る欠片がキラキラと光を放って。
暗がりに舞う魔力の残滓。
いつしか再び天を覆う鋭く冷たい曇天が、その輝きを際立たせていた。
次いで再び刃の嵐が荒れ狂う。
躍る刃が豪雨となって降りしきり、その中を魔力の尾を引いて高速で迫るエレオノーラの姿は雷のよう。
ラーヴァガルドとエレオノーラは互いにサポートしながらリュナウを狙って。
だが両者の必殺の間合いにリュナウを捉えることができない。
今も際限なく湧き出る竜種に阻まれ、距離を縮めては離されるを繰り返す。
「悪いがこれ以上相手はしてられないんだ。ネバロに逃げられてしまうから」
リュナウは無数の竜を操作。
おびただしい数の竜種が1つに交わり、巨大な白い盾となってラーヴァガルドの操る剣とエレオノーラの攻撃を弾いた。
盾の背面に連なる竜の首が一斉にブレスを吐いて加速し、ラーヴァガルドとエレオノーラを押しやろうとする。
盾はラーヴァガルドの剣を絡めとり、エレオノーラも盾から伸びる腕に捕らえられて。
それを打破するにはラーヴァガルドとエレオノーラ、どちらかの渾身の一撃が必要だった。
だがそれはリュナウ討伐の切り札。
ここで切ればラーヴァガルドとエレオノーラに残される手札は1枚になってしまう。
「くっ」
だがそうする他、ない。
ラーヴァガルドは自身の剣の限界が迫っているのを察し、エレオノーラにあとを託そうと。
彼の肉体に深く根を張ったスキルツリーの枝葉が強く輝き、その体表に光の脈を浮き上がらせる。
────その、遥か上空で。
男は無造作に垂らした長髪を風になびかせながら仁王立ち。
眼下に広がる広大な竜とそれから生まれた白い盾を前にパキパキと指を鳴らして。
次いで拳を握り込むと、全身の筋肉がこわばってミチミチと軋みをあげる。
「リュ、リュナウに挑むなんて自殺行為ですよ。もうすぐ大魔宮の起動準備が終わります。それを待っても……」
飛竜の魔物を使役する魔人の青年が言った。
だがその声は尻すぼみにか細くなる。
「ボスの準備が整う前にあっちまで来られたらこれまでの計画がパァだ。それにあの爺さんと婆さんには個人的に通さなきゃならない筋もある」
「で、でも……」
「ここまでご苦労。あとは帰りな」
男は長い前髪をかきあげると、制止する魔人の青年をおいて飛竜の背から飛び降りた。
空中で身をよじり、拳を振り上げる。
ゴウゴウと風を切り、彼が向かうのは巨大な盾。
堅牢な魔物の甲殻が幾重にも折り重なったそれを前に、人の拳はあまりに小さく。
だがこの拳に砕けぬものなし、と。
男は己の拳を信じて疑わない。
視界全てを遮るほどの巨大な盾、その全てを打ち砕くため。
全身全霊を込めた拳が白の盾へと。
「唸れ鉄拳────」
叩きつけられる。
「『天誅滅却』!!」
ヒュン、と小さな風切りと共に。
だが飛来した拳がもたらす衝撃は白の盾を貫いた。
空気の屈折が白の盾の直下から地面へと走って。
次いで拳を打ち付けた箇所から、盾は白の鱗を逆立たせながら瞬く間に陥没。
その崩壊はとどまることを知らず、ついに盾はすり鉢状にまで変形すると竜の血潮と肉塊となって四散する。
「一体なにが」
拘束から逃れたエレオノーラは魔力の足場を蹴ってその場を離脱。
ラーヴァガルドと共に、彼女は強襲してきた男の姿を捉えた。
かろうじて息のある竜の残骸。
漂うように浮かぶその上に佇む男の背中に。
ラーヴァガルドとエレオノーラは戦友の面影を見た。
男は生身1つで巨竜に姿を晒しても臆することなく、腕を組んだまま口角をつり上げる。
男は次いで肩越しにラーヴァガルドとエレオノーラを横目見て言う。
「2代目【魔物砕き】たるこの俺──ギャザリン。先代グレゴリに代わり加勢にきたぜ」




