12-2
「────『その刃暴虐の嵐となりて』!」
ディアスは問答無用でネバロへと攻撃。
記憶にはなくとも彼女の放つ威圧感と気配、そして黒骨の魔王が魔結晶を取り込むために他の魔王を狙っている話と合わせてその存在を看破する。
「阻め、『呪われし骨、優しく抱いて』」
ネバロは黒骨を生み出し、自身を包む壁として展開。
緩やかに球を描く折り重なった黒骨は、肋のようにも重ねられた手のひらのようにも見えて。
その防御がディアスの操る嵐のような剣擊を容易く防いだ。
「ソードアーツ────」
ディアスはすでに黒骨の防壁へと肉薄。
「『灼火は分かつ』!」
剣の鍔から切っ先にかけて渦を描いて燃え盛った灼熱の焔。
放たれる紅蓮の一閃。
「『暗き闇は裂きて』」
その赤々と燃える剣閃と十字を描いた暗黒の刃。
「『鋭き毒、刹那に疾る』……『刹那の閃き、天を衝かんと』っ!!」
すでに剣を持ち変えて。
さらに紫色の残光が尾を引く刺突。
その勢いのままにもう一方の手に握られた剣の切っ先が床を走り、大きく弧を描いて振り上げられる。
過去にはネバロの防御を四散させた続けざまの4連擊。
「あはっ」
だがそれらを以てしても破れない。
その防御は微塵も揺らがない。
【黄鍵の魔王】シノカ・ギョクオウの魔結晶を取り込み、力を増したネバロの強さはそれ以前とは比較にならなかった。
ネバロはさらに2つに割れたミアツキの魔結晶を胸へと押し当てた。
それを吸収、統合して。
「ソードアーツ」
次いでネバロの声と共に。
折り重なって見えた巨大な手のひらの。
巨人の肋にも見えたその。
それらを構成していたいくつもの黒骨の腕が、黒い直剣を掲げて振りかぶる。
「それは!」
自食によって置換された魔宮展開物で構成された腕と、それによるソードアーツの行使。
ディアスは精神世界で対峙した魔人堕ちの自分が使っていたものと同じだと瞬時に見抜いて。
「『名もなき骸の叫びは久遠に』」
だが次の瞬間にはディアスの視界を埋め尽くす禍々しいソードアーツ。
放たれる赤紫色の斬擊は人間の絶叫にも似た響きをこだまさせながらディアスへと襲いかかった。
回避する余裕はない。
ディアスは迷わず『その刃、無窮に至りて』によるソードアーツの連続発動を続行。
さらに『その刃、熾烈なる旋風の如く』による加速を加え、ソードアーツ同士をぶつけ合わせて相殺していく。
1秒が果てしなく思えるほどの圧縮した時の中で。
限界以上の速度で振るわれる剣に肉体はついていけない。
まばたきの間に間接の一部は砕け。
その負荷を受けた皮膚と筋肉は引きちぎれそうに。
だがなおもディアスは剣を加速させる。
まだ足りない。
強大な魔王のソードアーツを受け止めるにはさらに手数が必要だった。
すでに剣を手放し、握り直す動作を挟む余地もなく。
ディアスは自身の手を貫き、強引に剣に触れて魔力の伝達。
ソードアーツの剣閃と共に血飛沫が舞い続ける。
「ディアス兄ちゃん!」
アーシュは結晶剣の最後の光を解放しながら、その刃を投擲。
「その刃、風とならん!」
内部から走る幾何学的な光とは別に、剣全体が光に包まれて加速した。
次いでネバロの放つソードアーツのただ中で弾け、青白い結晶の華を咲かせて無力化する。
自身の生んだ防御も結晶の花弁も全て等しく。
ネバロは召喚した長大な魔剣『畢竟の黒屍』を振り下ろして叩き斬る。
ディアスの眼前へと迫る凶刃。
「ディアス!」
エミリアは全力で地面を蹴り、ディアスを抱き止めると再び跳んだ。
かろうじてネバロの攻撃を回避。
振り下ろされたネバロの剣はトン、と地面を叩いて。
そして次の瞬間にはその衝撃を受けて大地がまた引き裂ける。
衝撃波と飛散する瓦礫に煽られ、エミリアとディアスは吹き飛ばされた。
ディアスを庇ってエミリアは背中から地面に叩きつけられる。
「残念だけど昔のお兄ちゃんじゃもう私は倒せない。だからお願い。目を覚ましてよ、お兄ちゃん」
ディアスへとにじり寄るネバロ。
「『その刃、暴虐の嵐となりて』!」
「『その刃、暴虐の嵐となりて』」
その行く手を遮る刃の嵐。
無数の小さな刃が濁流のようにネバロに押し寄せ、4つの剣がその中を舞ってネバロに毒を付与していく。
だがネバロの歩みは止まらない。
ディルクの剣が幾重にもデバフを重ねても、ネバロはまるで意に介さない。
そして時間にしてみれば短い攻防のあとに、再び空の彼方から閃光。
それが孤児院の防壁に弾け、また触れるもの全てを焼き尽くす流星となって降り注いだ。
ネバロはちらりと空に目を向けた。
浮遊するラーヴァガルドの孤児院を見て感嘆とした表情を浮かべる。
「お姉ちゃんの攻撃に2度も耐えられるなんて凄い凄い! あの防壁、何でできるてるんだろ。……ううん、何で礎にしてるんだろ。このままお兄ちゃんが目を覚ますまで、もう少し時間稼ぎしてほしいな」
「白竜の魔王の目的はおそらくこいつだ。こいつをどうにかしないと」
ディルクはそう言って歯軋りした。
どうにかしなければいけない。
それは分かりきっているのに手段がない。
7年前に対峙した時なら倒せた。
倒せていたはずだった。
だがディアスと────何より自分のせいでその討伐は失敗に終わった。
孤児院が今危機に曝されているのは自分のせいだと、ディルクは己を責める。
「……あれ」
ネバロが小さく呟いた。
白竜の魔王の攻撃を遮っていた孤児院が移動を開始したのだ。
今も煙をもうもうと上げながら、孤児院は白竜の魔王が放つ閃光の射線から退いていく。
「待ってよ、院長先生!」
「ディルクにぃ達を見殺しにするの!?」
「リーシェねぇちゃんたちは?!」
孤児達に詰め寄られたラーヴァガルドは何も答えない。
その意志は変わらない。
これまで彼がそうしてきたように。
今回も多数の命のために少数を切り捨てる。
すでにその犠牲を受けた子供達。
自分が切り捨てた少数の生き残り達。
その孤児達の償いのために残りの余生を捧げると誓い、仲間達と袂を分かち、生き甲斐だった冒険と戦闘から退いた。
【嵐の覇王】の称号は今や飾り。
彼の剣は敵を討ち倒す刃の嵐としてではなく、子供達を守るために使われている。
「戦ってよ! 院長先生!」
「ディルクにぃとリーシェねぇを守って!」
「まおうなんかやっつけてよっ!」
子供達がラーヴァガルドに取りついて。
袖を引く子。
強くしがみつく子。
中にはその背によじ登って髪や髭を力一杯引っ張る子もいた。
だがもみくちゃにされながらもラーヴァガルドは微動だにしない。
「……っ! 意気地無し! 院長先生は負けるのが怖いんだ!」
子供の1人が声を荒らげた。
「ああ、怖いさ」
ラーヴァガルドが心の底から本音を吐露した。
自身が負けて死ぬのを恐れているわけではない。
死と隣り合わせの世界で仲間と共に冒険し、数多くの戦友の死を見届けてきたラーヴァガルドにとって、死は日常だった。
何も恐れることはない。
だがその死の矛先が自分から逸れるだけで、こんなにも恐ろしく思うものか、とラーヴァガルドは吐息を震わせる。
「お願い。戦って、院長先生」
「俺達は大丈夫」
「院長先生は俺達をずっと守ってくれた」
「俺達の居場所を作ってくれた」
「だから今度は私達の番」
「僕達が院長先生の帰る場所を守るから」
「だから、たたかって」
「魔王をやっつけて」
「私達を、信じて」
「俺達はみんな【嵐の覇王】の子供だ」
「その背中を見て育った。院長先生が苦しんでたのも知ってる。だから俺達は必死に修行したんだ!」
「守られるだけじゃない。院長先生の力になれるように」
「院長先生が再び剣を握れるように」
子供達のまっすぐな瞳がラーヴァガルドに突き刺さる。
「私、は────」
その時、地響きような咆哮と共に、孤児院は再び閃光に包まれた。
先ほどまでよりも強大な閃光。
目を凝らせば彼方から迫る巨大な白竜の影がぼんやりと見えていた。
その大陸のような身体から無数の竜種が分離して、空を白く染めていく。
白竜の一撃を受けた孤児院は激しく煙を上げていた。
次いでガラガラと防壁が崩れ落ちていく。
孤児院が形を失っていく。
その様子を見てディルクとリーシェは言葉を失った。
その様子を見上げていると、崩落は途中で止まって。
孤児院の中心にあった棟の上層だけが残り、今もゆっくりと移動していた。
暗い空に溶け込むように、残された孤児院の影が消えていく。
────そして空はいよいよ暗く。
天を覆う鈍色の輝きは巨大な渦を描いて暗雲の如く。
『────────』
白竜は咆哮とともにその口を開けた。
国1つを丸呑みにできるほどの巨大な口の奥から光が膨れ上がり、蓄えられた輝きが迸ろうと。
「『その刃、降り頻る豪雨たらん』」
だがその一撃は阻まれた。
鈍色の空が荒れ狂い、凄まじい剣閃となって降り注いで。
白竜は背中を中心に凄まじい衝撃を受け、地面すれすれまで叩き落とされた。
胴を反らせ、天を仰いだ口から閃光が漏れ出て、放射状に拡散した熱線が偽りの空を穿つ。
その男は自身の操作する剣の柄の上に立ち、体勢を崩した白竜を見下ろしていた。
彼の足場になっている剣は、万はある彼の得物の1つ。
【無限斬】と謳われた男のものと同じ、決して朽ちず刃こぼれしない最高硬度の材質でできた巨大な剣。
彼の作った孤児院の礎として防御と浮遊を担い、封印されてきた刃だ。
その封印を解き放ち、【嵐の覇王】は戦線へと舞い戻った。
色褪せた紫色の瞳には若かりし頃と同じギラギラとした輝きが戻って。
その瞳が素早く視線を切り、迫り来る竜種全てを容易く串刺しする。
その様子を遠目に見つめ、孤児達から歓声が上がった。




