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「『大いなる隕星、この拳に宿して』!」
レオンハルトが肩越しに振り返った先には手甲のソードアーツを解放したエドガーの姿。
噴き出す膨大な魔力を推進力に、レオンハルトと彼の構える黒竜が前へ前へと押し出される。
致命傷を負ったはず、と。
もう戦える状態になかったエドガーの姿にレオンハルトは一瞬、目を丸くした。
「はっ。よそ見してんじゃねぇ!」
エドガーが言った。
だがレオンハルトの視線は思わずその顔から腰へと下がって。
見ると切断されたはずのエドガーの胴は繋がっていた。
でもそれは酷く歪な形。
魔物の素材で繋ぎ合わせた、間に合せの胴体。
「ヒッヒッヒッ。脳が無事なら生かしてみせる。急ごしらえじゃが最期に最低限度の仕事はしたじゃろ」
ドクターはそう言うとエドガーと魔物の血で汚れた手を懐へ。
そこから煙草を取り出すと口に運んだ。
火をつけると大きく吸い込み、ゆ……っくりと紫煙を吐き出す。
彼が見上げる先は魔宮の天井。
その先に空を。
そして地下世界での冒険で仲間達と仰ぎ見た本当の青空を幻視して。
ドクターはヤニにまみれた灰色の歯を見せてにやりと笑い。
「先に逝って────」
待っているぞ、と。
今もまだ生きている戦友達への言葉は、黒竜の振り撒く破壊の力に飲み込まれて虚空に消えた。
煙草の先から灰が落ちるのと同時に、残された肩から下が崩れ落ちて。
次いで次の瞬間には全身が跡形もなく消滅する。
制御不能の黒竜の力は敵味方を問わず全てを破壊してしまう。
ゆえにレオンハルトはこの力を得てからパーティーを組まず、1人で魔宮の攻略をこなし続けていた。
その力の発動を見届けた時点でドクターは自身と周囲の人々の最期を悟っていて。
生き残るのは黒竜を振るうレオンハルトと赤の鎧に守られたフェリシアだけか。
だがそれも、緑影の魔王の討伐に成功すればの話。
エドガーは耐性のない身体で魔物の肉体と繋がったために、混ざりあった血液は全身を巡る猛毒へと変わっていた。
混濁していく意識。
全身を蝕む痛み。
そしてあれだけ嫌悪していた魔物の身体を取り入れた自身の醜い姿。
「はっ!」
それら全てをエドガーは鼻で笑って。
「進め、黒の勇者!」
すでにソードアーツの発動も終えて。
噴き出す魔力ではなく、その鍛え上げた肉体の力でなおもジリジリとレオンハルトと黒竜を前へと押し出す。
前へ。
前へ。
なおも。
さらに。
「進め」
気付けば目が見えていない。
「進め」
次には音も聞こえなくなり。
「進め」
ついには体の感覚すら失って。
「進め」
それでもエドガーは前へと進む。
たとえその身体が引き千切れ、無惨に魔宮の床に横たわっていても。
その心はレオンハルトの背を押し続ける。
全ては自分達の信じるフリードの一撃を、魔王へと喰らわすために。
「進め、黒の勇者……!」
「これでぇぇええええ! 最後だっ!!」
ついに黒竜が緑影の魔王を包む影の防御全てを引き裂いた。
再び姿を晒す緑影の魔王。
露になったその顔はひどく強張っている。
癖っ毛で。
そばかすの。
魔王でなかったら、どこにでもいるような年頃の少女。
かわいらしい姉や妹達へのコンプレックスを抱えていて。
孤独に狂った末の妹と同じく、自身には過ぎた役割に押し潰され歪んでしまった彼女──キリリコ・ヒノモドミはすぐにまたその姿を隠そうと。
レオンハルトは武骨な大剣に視線を落とした。
すでにソードアーツの効力は切れ、活力を失った黒竜の首は動きを止めている。
魔王がまた影に包まれたら、もうその防御は破れない。
すかさずレオンハルトは視線を上げた。
激しい熱。
突き刺すような激痛を経て。
次いで迸った青と灰の閃光。
魔王の周囲の景色を切り取り、バジリスクの瞳の力が影を石化させる。
衝撃にレオンハルトの首がガクンと傾き、同時に埋め込まれた眼球が酷使に耐えきれずに弾けた。
レオンハルトにすでに戦闘能力は皆無。
だがその役割は全うした。
「…………っ!」
キリリコは顔を覆いながらもフリードへと視線を向けた。
彼女と彼を阻むものはもう何もなく。
そしてフリードは渾身の力で最後の抜剣を放つ。
だがフリードも満身創痍。
キリリコは前へと踏み出した。
砕けた鎧の欠片を踏んで。
この一撃をかわせば彼女の勝ち。
剣を抜くので精一杯のフリードに、魔王の動きに対応するだけの余力はない。
キリリコはもう2歩、3歩横へと跳べば、フリードの抜剣の射程から彼の裏へと回り込める。
フリードはその動きを目で追って。
だが構わずに剣を抜く。
それは破れかぶれではない。
それは確信。
この一撃が当たると信じて疑わない。
迷いない一撃。
嘲笑う魔王と。
笑みを浮かべる勇者。
魔王は跳ぼうとして。
だがその表情を崩した。
困惑する赤の瞳が自身の足元へ。
そして目にしたのは歪に再生して固められた鎧の残骸。
痛みに悶えることも苦痛の声を漏らすこともなく。
身動ぎ1つせず、事切れたふりをして最後のサポートの時を窺っていたカイル。
残されたわずかな素材で復元した鎧は、刹那の時間キリリコの足を止める。
キリリコがハッとしてフリードへと振り返った。
────ほら、言っただろう、と。
どうだ、最高の仲間だったろう、と。
フリードは目だけで笑っていて。
今こそ彼の誇る最高の仲間が繋げた、必殺必中の時。
「一撃必殺、見せてやるぜ」
魔剣が躍る。
加速する。
抜き放たれた刃は容易く、音を置き去りに。
スペルアーツのサポートもなく。
肉体も限界寸前の中で。
それでも己とその仲間が命をかけた決死の一撃は、過去すべての抜剣を凌駕する。
「『その刃、雷電の化身なりて』」
次いで轟く雷鳴と閃光があらゆる影を、飲み込んだ。




