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『本当ハ助ケタカッタノニ。残念ネ』
影絵の少女が嘲笑った。
見え透いた挑発。
だがフェリシアは涙で濡れた瞳で魔王の影を睨んだ。
続けざまに光の弾丸を乱射する。
レオンハルトはフェリシアの制止を諦めて。
彼女にタイミングを合わせ、バジリスクの瞳で周囲の景色を灰と青の閃光で切り分けた。
格子状に走った石化の光が光弾魔象を回避する影絵の少女を取り囲む。
『違ウカ。見捨テタンダモノ。使イ捨テノ消耗品ヨネ!』
なおも嗤う影絵の少女の眼前には視界を埋め尽くすほどの光弾の雨。
周囲を石化の光で覆い、彼女に逃げ場はない。
『アナタト同ジネ』
だがその光は阻まれた。
見えない壁に弾かれたように光弾魔象が横へと流れ、影絵の少女の輪郭をわずかに削って後方へと過ぎ去る。
「何が……?!」
「カイル!!」
タイミングは完璧だったはずなのに、と。
レオンハルトは困惑しながらも視線の軌道を修正。
四方から絞るように影絵の少女へと石化の光を走らせた。
だがそれを少女はぐにゃりと形を歪めてすり抜ける。
エドガーの呼び掛けを受けたカイルは影絵の少女を凝視していた。
『神秘を紐解く瞳』の行使もそうだが、直前に影絵の少女が放った言葉はカイルに向けられたもので。
今も少女はカイルを見て意地悪く双眸を細めている。
『結局ハ、アノ魔剣使イノオマケ。替エノ利ク代用品。アナタダッテ明日ニハ、アノ女ノ顔モ忘レテルンダ』
「────」
違う、とカイルは否定しようと。
「違うな」
だがそれよりも早く否定を口にしたのはフリードで。
「マールもカイルも俺の自慢の仲間だ。中身が空になったら使い捨てるポーションの瓶とは、違うさ」
いつもと変わらない声音。
なのにその眼光はいつにも増して鋭く。
猛禽類のような黄色の瞳は刺し貫くような視線を向けていた。
普段笑みを湛えている口許にはいつものように白い歯が覗いて。
だが今も軋みをあげる歯牙が意味するのは朗らかな笑みではなく剥き出しの敵意。
切り分けられた理性と感情それぞれが最適な形で機能している。
『デモ、無力。助ケナイ選択ヲシタンジャナイ。助ケル力ガ無カッタダケ』
影絵の少女はカイルを。
『ソシテ、ソノ子ハ助ケル力ガアッタノニ助ケナカッタ』
次いでフェリシアを見た。
『アナタガスグニ、スペルアーツヲ使ッテイタラ助カッタカモ知レナイノニ』
「っ!! リピ────」
「やめろ、フェリシア!」
感情に任せてスペルアーツを放とうとするフェリシア。
影絵の少女に向けられたその指先をレオンハルトが掴んで制止する。
度重なる再演魔象の行使で倍々に増えた光弾魔象の発現量はすでに数えきれないほど。
だが放たれる弾丸のほとんどは今や無駄であり、そのために膨大な魔力を消費し続けるのは戦況を不利にする。
影絵の少女の瞳が動いた。
真っ黒な瞼に挟まれた小さな円が音もなく横へと転がって。
レオンハルトが離れた白炎の竜を捉える。
今その護衛は、エドガー1人。
「くるぞ!」
フリードが言った。
「ハッ。役立たずが」
次いでエドガーがレオンハルトへの悪態を口にする。
その時。
影の魔宮の天井に、これまでのフロアで見たような明かりが生まれた。
同時に影絵の少女から伸びる影が形を変えて。
巨大な影が床を滑る。
「ハッ。今さら影への攻撃か!」
エドガーが鼻で笑った。
白炎の竜に影への干渉による攻撃は効かない。
その全身を白く輝く炎に包まれた竜に落ちる影はないからだ。
実体化した影による直接攻撃に切り替えても、竜の炎なら影を掻き消せる。
だがそれは影の特性を熟知した相手も分かっているはず。
周りの視線が下へと集中する中で。
「違う! 上です!!」
カイルは竜の頭上を見て叫んだ。
次いで衝撃。
竜が体勢を崩す。
頭を垂れ。
四肢を折り。
巨体が沈む。
潰される。
「うぉぉぉおおおおおおお!!」
すかさずエドガーが頭上へと腕を伸ばして。
その衝撃を受け止めた。
彼の手は確かに触れた。
今も竜とエドガーを押し潰そうとする力には確かに実体が。
だがその姿は見えない。
今も燃え盛る白炎が見えない力の輪郭をなぞる。
そして加えられる力にまるで対抗できない。
瞬きの間にエドガーの腕は曲がり、首は傾いて。
竜は背中の甲殻を潰され、ひび割れた背からは血飛沫のように炎を撒き散らした。
飛び散った炎の滴が容赦なくエドガーの肌を焼く。
すでにエドガーは中腰の姿勢。
それでも腕と背中で必死に耐えようと。
だが竜の四肢はひしゃげ、剥き出しの心臓を囲っていた肋と甲殻もベキベキと音を立てて潰れていく。
能力の詳細が分からない。
それを観察して推測する時間なんてない。
唯一その能力を看破したカイル。
その目には次の瞬間にも押し潰されてしまいそうなエドガーと、影絵の少女に殺されたマールの姿が重なって映った。
このままではエドガーが死んでしまう、と。
カイルはフリードの鎧の修復に使っていた素材を触媒に錬金術を発動。
錬金術による反応で眩い光を生み、影絵の少女から伸びる巨大な影を放射状に断ち切った。
エドガーは腕と背中にかかっていた圧力から解放されて。
だがその身体が地面に叩きつけられる。
地面には放射状に、エドガーと竜を押し潰そうとした力の残骸。
それは白炎の竜の頭を砕き、エドガーの胴を────2つに分けた。
「ごぼっ」
エドガーは口から塊のような血を吐いて。
彼の潰れた腰部からは見えない力に仕切られた断面が覗く。
失敗。
カイルは判断を、誤った。
攻略に有利に働く竜をやられ。
エドガーは致命傷を受けて。
そして切り札であるフリードの抜剣に必要な素材を消耗してしまった。
「バカ野郎が」
地に伏したままエドガーが呟いた。
鎧の修復ができなければフリードは自身の抜剣の威力を魔剣の代償によってその身に受ける。
抜剣可能な回数と鎧の修復可能な量はほぼ同義。
カイルの行為は結果としてパーティーをさらなる窮地に追い込んだだけである。
「カイル」
フリードの声にカイルはびくりと肩を震わせた。
「能力の詳細を」
フリードは冷静に今の攻撃の解説を促した。
影絵の少女を警戒するフリードの眼差しはカイルには向けられていない。
そのことに少し安堵すると共に、自責の念がカイルの胸中に渦巻く。
「……影の消失による実体の欠損の逆。影によって実在しない質量を現実に生み出す能力です。さっき光弾魔象を弾いたのもこの能力。範囲はおそらく影の形から逆算した位置と形と思われます。おそらく────」
「これも防御不可能。影の状態を反映するから質量の方はこちらからの干渉を受け付けない、か」
カイルの言葉の続きをフリードが苦々しく呟いた。




