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11-27

 白炎の竜は咆哮ほうこうをあげた。

剥き出しの心臓から真っ白なほむらが噴き出し、辺りを覆う炎が呼応して激しさを増す。


 膨大な熱は光となって、文字通り辺りを覆う影をその輝きで焼いていった。


 放っておけば影で形作られたこの空間そのものが消失する。

最奥さいおうのこのフロアを維持するために魔宮はその規模の縮小を開始して。

広大な魔宮全体を俯瞰ふかんから見ればわからないほどの。

だが実際は凄まじい速度で影が退いていた。


 真っ黒な潮が引く。

影が干上がり、大地がその色と熱を取り戻していく。


『ヤメテ』


 響いたのは怒りに満ちた少女の声。

だがその声は魔王からではなく、フリード達の周囲から湧き出すように。

ゴボゴボと波打つ影が、白い炎に焼かれながらたけり狂う。


 現れるのは影絵の小さな女の子。

波打つような髪のシルエットの魔王と違い、影絵の少女は床につきそうなほど長い髪がさらさらと揺れていた。

だが影を切り抜いて描かれた睨むような眼差しは魔王のものと同じ。

それは彼女の幼少の姿。

顔を覆い隠す指の隙間から覗く赤と、影絵の真っ黒な瞳がその存在を結びつける。


『照ラサナイデ』


 燃え盛る白と逆巻さかまく黒の狭間はざまで。


彼女ワタシヲ、見ナイデ』


 影絵の少女は質量のない境界線上にありながらも、確かにそこに居た。

闇に沈み潜もうとする魔王自身よりも遥かにその存在は強く鮮明。

魔人の頂点の1人とうたわれるにふさわしい、圧倒的強者の気配。

見開かれた瞳とそこから放たれる殺気を前に、フリード達の胸中に────影が、差す。


 影絵の少女が動いた。

すかさずフリード達も対応する。


 警戒すべきはフリードと空を灼く灰塵の剣カルディア・エクスハティオへの攻撃。

魔王攻略のかなめであるフリードの絶体死守はもちろん、同時に影の魔宮に対して有利をとれる竜も倒されるわけにはいかない。


 エドガーとレオンハルトはフリードに気を配りつつ、竜の前へおどり出た。


 フリードにはダメージを肩代わりする鎧があり、何より彼は強い。

さらに色々な意味で"鼻が利く"フリードは危機察知に優れていて。

対して竜は影の魔宮とその魔物への相性の高さこそあっても、そのランクはA難度のボス相当。

最高峰の魔宮の1つに位置するこのダンジョンにおいては雑魚にすら格で劣る。

きょをつかれれば容易くほふられてしまう。

 

 マールはすでに魔力欠乏で白炎の竜の再召喚は不可能。

他にこのサモンアーツに必要な膨大な魔力量を補えるとすればフェリシアただ1人。

だが彼女も魔力欠乏を起こせば戦闘の補助を行える者がいなくなってしまう。

それは可能な限り避けたい。


「…………」


 そしてここでの役割をすでに終えて。

杖を支えに立ち尽くすマールは死を覚悟していた。

フリードは彼女を守らない。

エドガーは彼女を守らない。

カイルも彼女を守るべきではないと分かっているし、守る力もない。

ここでマールを守ろうとするのは、今回の攻略にのぞんだ彼女の覚悟への侮辱ぶじょく

彼女も自分が攻略の足枷あしかせになることは望んでいない。


 そして踏み出した憧れへの1歩は────マールの最後の歩みとなった。


 影絵の少女は音もなく駆け抜け、その身体からたなびいた影でマールを包み込んだ。

防御無視。

定まった形を持たない暗色の歯牙が彼女を、喰らった。


 いで影絵の少女は眉をひそめる。

警戒するだけで身動みじろぎ1つしなかったフリードとエドガー。

そして竜の放つ白い炎と同時に迫り来る青と灰色の閃光。

迫る攻撃をかわし、影絵の少女はフリード達を見て首をかしげる。


 さすがは熟練の冒険者達か。

影絵の少女の鋭い殺意を前に。

仲間の窮地きゅうちにも関わらず。

冷静に──冷徹れいてつに魔王攻略を遂行する。


 影絵の少女はそれとなく喰い残したマールの手首をチラつかせるが、フリードとエドガーの表情はなお変わらない。


 だがこのパーティーの1人は冒険者ですらなく。


「────────っ!!」


 つんざくような悲鳴と。


「『再演魔象リピート』! 『再演魔象リピート』! 『再演魔象リピート』!!」


 いで叫ぶようにスペルアーツを繰り返す。


 フェリシアだけが反応が遅れた。

向けられた殺気を前に恐怖して。

胸中に差した影が彼女の思考と行動を一拍ずつ送らせたのだ。

戦闘において致命的な行動の遅延。

その刹那せつなにマールは殺された。

最初から攻略のために割り切っていたフリード達とは違う。

彼女は誰かを切り捨てるなんて選択肢を持ち合わせていなかった。


 すぐに動けていてれば。

私がすかさずスペルアーツで迎撃していたら、と。

フェリシアは自責にかられ、絶叫しながら影絵の少女目掛けてスペルアーツを連射する。


「落ち着け! フェリシア!」


 レオンハルトがフェリシアに視線を向けて。

竜から半歩その立ち位置が、離れた。


「……くっ」


 カイルは小さくうめき声を漏らし、顔を歪める。


 冒険者としてはあまりに未熟なフェリシアと。

フェリシアのために隙を見せたレオンハルト。

そして精神的に弱さを覗かせたカイルを。

影絵の少女は彼らに視線を走らせると、にやりと笑った。

いで弓なりに裂けた口からケタケタと笑い声を響かせる。

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