11-25
影に紛れたその姿。
深い闇を纏い潜む、彼女の赤の眼差しを捉えるよりも早くに。
くん、とフリードの鼻が。
次いで彼は反射的に腰を落とし、柄を握って。
匂いをたどって振り向いた先に2つの赤い光を見つけ、フリードは歯牙を剥いた。
体をよじりながら光の刃を抜き放つ。
「『その刃、雷電の化身なりて』」
迸る閃光。
放たれた光の刃が音もなく疾った。
膨大な影を打ち消し、わずかにこの魔宮の主の姿を晒しだす。
剥がれ落ちた影から少女の輪郭。
フリードの抜剣で魔王に気付いた他のパーティーもすかさず魔王の方向へと視線を向ける。
遅れて抜剣の衝撃波がフリード達に迫って。
「────────っ!!」
そしてその衝撃波の速度を上回って影が膨れ上がった。
声にもならない少女のうめき。
同時に燃え上がる赤の眼差しからは激しい怒りが窺える。
迫る影はあまりに速く。
だがフリードは、なお速い。
抜剣してから1拍に満たない刹那。
フリードはすでに刃を鞘へと納めていた。
爆発的な剣速はもとより、最速の抜剣斬擊使いたる所以はその圧倒的な納剣の速度にあって。
抜剣斬擊においては剣を抜いている事自体が最大の隙。
ゆえにその隙を限りなく削ぎ落としたのがフリードの剣だった。
フリードは縦に刃を振り抜き、放たれた光の斬擊が押し寄せる影を2つに裂いた。
左右に分かたれた影がフリード達の左右を過ぎ行く。
「マール、嬢ちゃん!」
フリードの呼び掛けに応え、マールとフェリシアがスペルアーツを放つ。
「『光弾魔象』」
「……っ! 『光弾魔象』!」
2人の指先に灯った光が弾丸となって続け様に影へと炸裂。
「『光弾魔象』」
「『再演魔象』!」
さらに光弾。
2人はスペルアーツを連射し、魔王と自分達を隔てる分厚い影の壁を穿つ。
フリードはその間に振り抜いた剣を勢いのままに投げ捨てた。
振るう度に消耗していた光の刃はすでになく、柄と鍔だけになった剣が影にぶつかって音もなく沈んでいく。
「っ! 来ます! 大きい……!!」
カイルが言った。
『神秘を紐解く眼』で周囲の状況を知覚していたカイルは、自分達に迫る巨大な魔物の姿を捉えて。
それは巨大な口。
視界を阻む影と同化する大きく裂けた口が彼らを一飲みにしようと。
フリードの手はすかさず背負った禍々しい魔剣の柄へ。
はためく赤のマント。
風になびく短いブロンドの髪。
その猛禽類のように鋭い眼光はただ前だけを直視していた。
抜剣の構え。
だがフリードは剣を、抜かない。
「おい、黒の勇者!」
エドガーが拳を振りかぶりながら前へと跳んだ。
次いで彼の呼び掛けに応え、レオンハルトは石化の魔眼を発動する。
放たれる青と灰の閃光。
幾重にも交差した視線が真っ黒な影を鈍色の石へと変えた。
石化した影をエドガーが殴り付ける。
陥没する石の壁面。
そこから蜘蛛の巣状に亀裂が走って。
その亀裂を追うように、エドガーの拳を起点にして石の壁が崩壊する。
ガラガラと崩れ落ちた壁の奥。
そこに現れた巨大な影の魔物へと狙いを定める細い指先。
「『再演魔象』『再演魔象』『再演魔象』……!」
詠唱の度に倍々で増えるスペルアーツの弾幕が魔物を捉えた。
その身体を光で散り散りにする。
魔物を四散させた光弾の雨は再び魔王の輪郭を浮かび上がらせた。
魔王は未だ影の中にありながら、思わずその顔を両手で覆って。
だがその指の間からは激しく赤を逆巻かせた眼差し。
ギリギリと歯を軋ませる。
魔王までの道は拓かれた。
フリードは床を蹴り、魔王目掛けて跳躍。
黒い影のただ中へと赤い軌跡を描いて躍る。
迫るフリードを前に。
「……るな。寄るな寄るな寄るな! 私を、見るなっ!」
魔王は吼えると同時に影を操作。
鋭い歯牙を形作った影がフリードに喰らいつこうと。
迫る影を捉え、フリードは空中で体をよじった。
だがかわしきれずにその半身を、影に飲まれる。
影による攻撃は防御無視。
あらゆる防御を無効にする。
それをフリードはもろに受けて。
彼の左の肩口から下肢にかけてが影の中。
次の瞬間には血飛沫を上げ、断面から臓物を撒き散らして横たわるフリード。
その姿を想像して。
魔王は顔を覆い隠しながら。
だがその指先から覗く瞳を細く歪めた。
瞳から漏れ出る赤の光が爛々と揺れる。
「『その刃────』」
致命の一撃のはずなのに。
「っ!?」
驚きに魔王は肩をすくめ、顔を覆っていた手が強張った。
未だ目に鋭い眼光を宿したその男。
彼を象徴する赤の鎧が突如、朽ちたようにボロボロと崩れながら。
剣の柄を握る右手に、影の中から伸びた無傷の左手が添えられて。
「『雷電の化身なりて』」
魔王目掛け、一撃必殺を謳う【赤の勇者】フリードの抜剣が炸裂する。




