11-23
「『神秘を紐解く瞳』! 数……20! そのうち8体が実体化可能なタイプです!」
カイルが叫んだ。
「っ! 多いな」
「はっ。何体来ようとやることは変わらねぇさ」
レオンハルトとエドガーが言った。
レオンハルトは右腕を異形へと変え、背からは同じ腕が翼のように生えて。
脊柱を束ねたようなその腕の先には頭蓋の指先。
そこから伸びる赤い糸に縛られるのは、巨大な歯牙を備えた胴と無数の口が並ぶ鎌の両腕。
首と下肢のないゴーストタイプの魔物の姿だった。
生命力を奪う簒奪の鎌を操る魔物は度重なる戦闘で影の魔物から力を奪い、より凶悪に進化していて。
レオンハルトが骸の魔物の腕で赤い糸を手繰り、鎌を振るうと禍々しい斬擊が走る。
斬擊は通路の闇へと吸い込まれた。
次いで闇に溶け込んでいた影の魔物が引き裂ける。
その姿は確認できないが、引き裂かれた魔物から青白い輝きが洩れだし、レオンハルトの操る魔物がそれを啜った。
胴体の巨大な口と両腕の鎌にあるいくつもの口から影の魔物の生命力を喰らう。
「撃破3!」
カイルが通路を睨みながら叫んだ。
魔王の魔宮の魔物を一撃で複数屠る圧倒的な攻撃力。
だけど当たらなければ意味がない。
姿を見せずに迫る魔物の数はまだあまりにも。
そしてもうすぐそばまで迫っているはずで。
「おい、マール!」
エドガーが振り向かずにマールを呼んだ。
「いいえ、ここはわたしにお任せあれ。『再演魔象』!」
「リピート?」
フェリシアの詠唱にレオンハルトが訝しむ。
『再演魔象』は直前のスペルアーツの式を再現して発現させるもの。
だけどまだフェリシアはこの魔宮に来てから1度もスペルアーツを使っていない。
なのに。
放たれる光弾の数は16。
再現された『光弾魔象』がフェリシアの指先と空中から通路目掛けて放たれた。
光はその軌跡と壁や床に弾けた閃光で魔物の姿を炙り出し、その光の弾丸が何体かの影の魔物を穿つ。
「転移した際に戦闘中だった時を見越して回数を重ねておいたのです! 前日に準備を終えておいたので無駄な魔力消費もありません!」
自慢げに語るフェリシア。
だけど浮かび上がった魔物はパーティーのすぐそばにまで迫っていた。
数体が前衛の脇をすり抜けようと。
「させるか、よ!」
エドガーは素早く視線を切ると腕を振り抜きながら回転。
自身の影で魔物を殴り付けながら床を蹴った。
同時に拳を振りかぶる。
それを見越していたようにマールは指先から光弾を放った。
「『光弾魔象』……『光弾魔象』」
2度の閃光。
光がエドガーの影の向きを変え、振り抜いた拳の影が魔物を捉えて。
インパクトと同時に影がまた向きを変え、別方向にいた魔物をまとめてエドガーは一撃で打ち抜いた。
さらに素早く拳を繰り出し、前衛をすり抜けた魔物を駆逐する。
レオンハルトは通路を見据えて。
影の魔物の位置を把握すると、赤い糸で鎌の魔物を放った。
魔物は旋回しながら両腕の鎌を振り抜き、通路の先へと走る。
鎌は影の魔物を容易く斬り裂き、その斬擊が床と壁、天井を走ってさらに魔物を倒した。
防御のために実体化した魔物もその防御ごと断ち斬り、胴体の巨大な口が影の魔物を噛み砕く。
さらなる膨大な生命力を鎌の魔物は影の魔物から奪って。
だけど進化はしない。
鎌の魔物が影の魔物の能力を超えたから。
簒奪の鎌の能力は自己を超える能力を持つ者を相手にしたときにステータスを奪い、進化する能力。
格上に対するカウンターであり、格下には機能しなかった。
だけどそれが幸いしていた。
戦闘を終えたレオンハルトは異形の指先に力を込め、鎌の魔物の動きを必死に抑え込む。
コントロール可能な能力の限界寸前。
気を抜けば一瞬で魔物はレオンハルト達にも牙を剥く。
胴体の巨大な口から生命力の残滓である青い輝きを滴らせる鎌の魔物は、時折低いうめき声を全身から響かせていた。
同時に自由を奪い、魔物を傀儡と変える赤い糸がギチギチと軋みをあげる。
次いでガクンと。
酷使していた魔物の指の1つから力が抜けた。
神経か腱か。
骸の腕に支障。
「フェリシア……!」
レオンハルトは異常に気付くとすぐに彼女に助けを求めた。
フェリシアは周囲に視線を走らせる。
探すのは他の影の魔物。
レオンハルトの腕の異常と、それによる鎌の魔物の拘束がもたない事には思慮が及ばない。
「っ……!」
真っ先に気付いたのは常にそれを警戒していたエドガーだった。
踏み抜く勢いで床を蹴り、鎌の魔物に肉薄すると実体化している両腕を取り押さえる。
「おい!」
エドガーに言われてマールがスペルアーツを。
「シール」
だけど『封印魔象』の不発。
「バインド……わぁ、どっちもダメですぅー」
『拘束魔象』も不発する。
今欲しいスペルアーツは魔人クレトの死によって原典が消失していた。
プツン、プツンと。
赤い糸が切れた。
10本の糸でようやく使役できていた魔物。
9本では抗う魔物の力に耐えきれなかった。
もう限界。
それを悟ったレオンハルトは背から黒い竜の尾を生やし、床を叩いて跳躍。
さらに異形の腕を操って残った赤い糸を引き、自分を鎌の魔物へと引き寄せる。
そのままエドガーの背を蹴り、魔物の直上に跳ぶと魔眼を行使。
歪む視界に魔物を収め、灰と青の閃光を放って石化させる。
壊れかけた魔眼の代償に凄まじい激痛。
走り抜けた痛みが脳を焦がし、レオンハルトの意識を焼いた。
跳んだ勢いのままにその体が空中に投げ出され、そのまま床に叩きつけられる。
左腕に握っていた無骨な大剣が鎌の魔物の方へと転がった。
「お兄ちゃん!」
フェリシアが叫んだ。
そしてレオンハルトからの、解放。
彼に抗っていたのは鎌の魔物だけじゃない。
それを操っていた骸の腕も自我を残していて。
右腕と背中から伸びる腕がレオンハルトを握り潰そうと。
「はっ。言わんこっちゃねぇ」
エドガーはレオンハルトに襲いかかる腕を掴んだ。
レオンハルトに足をかけ、その2つの腕を引きちぎって。
そのまま2本の腕を重ねて壁に叩きつけ、拳を振り抜いて粉砕する。
レオンハルトは意識を取り戻すと自分が剣を手放しているのに気付いた。
大剣は鎌の魔物のそば。
その石化した魔物の口から滴る青い輝きが剣にかかっているのに気付く。
「まずい!」
「おい、動くな!」
エドガーの制止も聞かず、おぼつかない足取りのままレオンハルトは駆け出した。
大剣をとると生命力の残滓を払う。
「…………」
大剣に変化はない。
レオンハルトは安堵するとその場に崩れ落ちた。
フェリシアとドクターがレオンハルトに駆け寄る。
「お兄ちゃん! 大丈夫?! しっかりして!」
「ああもう。乱暴に引きちぎりおって。接合部がこれじゃと他の魔物への換装が……」
心配するフェリシアの傍らで。
ドクターはぶつぶつと呟きながらレオンハルトの傷の処置を行う。
「あれがそうなのか」
慌てた様子だったレオンハルトを見て、フリードは目を細めた。
鋭い眼光がより険しさを増して大剣を睨む。
「ダンジョンごと魔人を消し飛ばす破壊の力、か」
フリードと同じ色に関連するその力。
度重なる世界の新生にも耐え続けた『唯一絶対』の残骸。
その真の姿は────
赤い月にのみ、刻まれている。




