11-19
レベッカは手にした魔結晶を取り出そうと。
だがその時。
視界の隅。
赤い蕀の遥か先に人影を見つけた。
それはショートボブの少女。
ダンジョンには似つかわしくない軽装で。
そして散歩でもしているような軽い足取り。
なんで少女が? と疑問に思った瞬間、レベッカの背筋を冷たいものが走る。
魔王の魔宮を何の警戒も示さず、自身の庭のように歩き回る少女がいる。
なら、それは、間違いなく────
「ま、魔王……!」
悲鳴にも似たレベッカの叫び。
それを聞いて身構えるサイラスと一瞥するシオン。
「くすくすくす。害虫さん、見ぃつけた」
赤蕀の魔王も3人を捉えた。
赤いメッシュの入った黒髪のショートボブを揺らし、虚空を掴んで振りかぶる。
舞い散る花。
掻き切る赤。
ひらり、はらりと渦巻いて。
その手に深紅の大鎌が現れた。
真っ赤な薔薇に覆われた刃。
その根本から切っ先へ、舌舐りするように刃先がギラリと光る。
【赤蕀の魔王】アイカ・バロノイラは構えた大鎌を低く。
膝を内側に折り、体をよじって傾けて。
その姿は糸を緩めた操り人形にも似ていた。
次いで弛緩した肢体が弾けるように跳ぶ。
軸足を素早く交互に切り替え。
加速しながら渦を描いて。
刃の旋風が水面を撫でるように疾る。
レベッカは恐怖のあまり目を見開き、アイカの姿を凝視していて。
していたはずで。
だがその加速に追い付けない。
まっすぐに向かってきているアイカが見えてない。
捉えられない。
そして自身がアイカを見失ったと気付くより早く。
深紅の凶刃はレベッカの首を刈り取ろうと。
その眼前で爆ぜる火花。
振り抜かれる大鎌に次々と刃を走らせて。
次いで重なるように剣戟の音。
さらに遅れて突風が吹き荒れた。
幾度となく剣を這わせ、なぞり、その軌道を逸らしたサイラス。
その結わえた長い髪が風に煽られて踊る。
その剣は切っ先からボロボロと崩壊を始めた。
今サイラスの握る剣は武具の打ち合いを想定した強度に鍛えられていない。
魔王の振るう一撃をなんとかいなすのがやっとだった。
アイカはくすくす、と嗤った。
軽い足取りでくるりと回る。
遠心力の乗せた大鎌が弧を描き、その勢いが微塵も衰えることなく第2擊。
勢いのままに振りかぶった深紅の切っ先が、2人目掛けて振り下ろされる。
刃はもう、いなせない。
サイラスはため息と共に折れた剣を空中に放って。
剣の柄がサイラスの手を離れた時。
彼はそこに、いなかった。
振り上げた足が刺突のような勢いで前へと伸びて。
その爪先が地面を掴み、彼の身体をアイカへと引き寄せ。
すかさず片足と両腕をアイカの肢体に絡め、彼女の勢いを利用して投げ飛ばす。
「あら、それは予想外です」
アイカが言った。
自身と位置を入れ換えるように立つサイラスに視線を向ける。
サイラスはアイカの挙動に意識を集中しながら後ろに跳んだ。
自身が放った位置からまだそう動いていない剣の柄を素早く掴み、手持ちの素材で用意できる最高硬度の刃を造る。
「…………」
そしてレベッカは無言のまま。
腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「全く……見えなかったっス」
サイラスの視線を追い、未だ空中にいるアイカを恐怖の面持ちで見上げる。
アイカは空中で身をよじり、鎌の切っ先を地面に突き立てた。
握っている柄を支点に慣性で円を描いて。
そのまま上に跳ねると、突き立てた大鎌の柄の上に立つ。
髪は短めのボブカット。
髪色と服装は黒と赤を基調としていた。
おっとりした大きな瞳の下にはくまがあって。
それが青白い肌の彼女をより病的で不健康そうに見せる。
「私の花園を食い荒らす害虫さん達の駆除に来ました」
かすかに目を細め、口許を手の甲で隠してくすくすと笑った。
瞳の赤が光の粒子となって、ちらちらと揺れる。
魔王自らが出向いてきた。
それは災難か僥倖か。
赤蕀の魔王の魔宮に跋扈する多種多様な植物の魔物達。
とくに母体としての機能を有する巨大な花の魔物は本体の強さもさることながら、生み出す魔物の強さと数があまりに異常。
加えて魔王達の魔宮の中でも広大な展開域。
魔王自ら魔宮の奥底から這い出してきた事も踏まえると。
「リソースの振り方はボスを持たない雑魚特化」
そう呟いてサイラスは警戒の色を強めた。
ボスとボス部屋を持たないのはほぼ確実。
でなければ自身に有利な領域から出てはこないと考える。
魔物も強力。
規模も広大。
そして刃を交えたから分かるが魔王自身も強い。
だがそれらを合算しても、魔王という強大なリソースの全てを費やしているとサイラスは思えなかった。
「ちょうど、良かった」
シオンは気だるげにアイカを見つめて。
「お前を殺せばシオン帰れる」
そう言うと刃を振るった。
斬撃が分裂しながら連なり、四方からアイカへと襲いかかる。
「くすくすくす」
アイカは小さく跳んだ。
大鎌から飛び降り、同時に柄を掴んで得物を引き抜く。
再び渦を描く刃。
膨大な数のシオンの斬撃を、深紅の旋風が斬り払う。
それはあまりに、速すぎた。
不足していたリソースの正体がすぐに分かった。
加速。
圧倒的なそのスピードこそがアイカ自身の最大の得物。
先の攻撃は、本気ではなかった。
「次は止まってあげませんよ?」
シオンの斬撃を払い除け、アイカは小さく微笑みながら。
巨大な刃を縦横無尽に振り回し、彼女はくるくる舞い踊る。




