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その後も魔宮の深奥へと歩みを進める黄と青の勇者パーティー。
だが先へと進むほどに敵は強く。
疲労は蓄積し。
素材は消耗する。
そして何より、レベッカの力量不足を感じる場面が増え始めた。
シオンの癖とタイミングを誰よりも熟知してる分、彼女以上のパートナーはいない。
だが鍛冶職の腕だけを評価するなら、彼女は年齢相応の中での並。
シオンの剣の消耗は今までの攻略の非ではなく、レベッカの研磨速度が追い付いていない。
「遅い!」
連なる斬擊を途中で消して。
シオンは大きく舌打ちをする。
レベッカは急いでシオンの双剣に砥剣を滑らせた。
すかさずシオンは再び刃を振るい、斬擊を走らせて魔物を斬り裂く。
砥剣を滑らせる。
魔物を斬り裂く。
砥剣を滑らせる。
魔物を斬り裂く。
砥石を、滑らせる。
研磨が、追い付いていない。
「あー、もう!」
思い通りに剣技を振るえないシオンはレベッカを睨んだ。
次いでレベッカを蹴る。
中腰でシオンの剣を研磨し続けていたレベッカは肩を蹴られて後ろに倒れた。
その上すれすれを魔物の攻撃が過ぎ去る。
「ひえっ」
当たれば即死だったであろう魔物の攻撃を前に、レベッカは小さく悲鳴をあげた。
「シオン、役立たずはいらない」
シオンは双剣の1つを口に咥えると砥剣を取り出した。
連鎖斬擊の技で自ら刃を研いて斬擊を連ねる。
「ダメっスよ! そんな乱暴な研磨じゃ剣の威力を発揮できないっス!」
レベッカは起き上がると再び剣の研磨をしようと。
だがシオンは彼女にそれをさせようとしない。
「お前に任せても間に合わない。邪魔」
「でも」
「邪魔」
冷たく良い放つシオン。
レベッカは下唇をきゅっと噛んだ。
悔しさで、泣きそうになる。
レベッカは自分の握る砥剣を見た。
魔宮生成物ではない、鍛造された砥剣。
もしこの砥剣が魔宮生成物だったらと、今さら後悔する。
道具の性能に頼らず、鍛冶士本人の技量で。
そう言ってレベッカは魔宮生成物を使う事をかたくなに拒んできた。
同年代の鍛冶士が魔宮生成物の砥剣や鎚を使うのに冷ややかな視線を送ってきた。
でも本当は、そこに信念も矜持もない。
それは見え透いた。
見え見えの、見栄だった。
子供じみたプライドを守るための言い訳。
魔宮生成物を使うという同じ土俵に立ったらもう言い訳できなくなる。
憧れの姉と違って自分は凡庸なんだと、皆に知られてしまう。
「ウチは……馬鹿っス」
レベッカは申し訳なさそうにシオンを見上げた。
鍛造だから仕方がないと、どんなに言い訳しても成果にはもちろん結び付かない。
結局は結果が全て。
自ら道具を縛って能力を下げた凡庸な少女に仕事の依頼は入らなかった。
誰からも必要とされない。
そして同年代の鍛冶士達は着実に成果を上げていく。
不安、焦り、嫉妬。
そんな黒い感情に押し潰されそうになっていた時、1人の青年が現れた。
姉のパートナーだった、【青の勇者】シオンが。
勇者の新たなパートナーという大役の依頼。
非凡な姉の代わりを自分が任される喜び。
陰で自分を嗤っていた鍛冶士達を見返してやったとレベッカはほくそ笑んだ。
だけどうまくはいかない。
シオンの名声が上がればパートナーを務める自分の評判も上がる。
そう思ってレベッカはシオンの意に反して依頼を数多く受け、シオンにその依頼の達成を強要。
それがシオンのためにもなるとレベッカは本気で思っていた。
これはお互いのためなんだ、と。
だが嫌気がさしたシオンは次第に依頼を拒否するようになって。
ついには本部からの連絡も読まずに捨てるほどに。
魔宮の攻略でもシオンがレベッカに──姉の代わりとして求める能力の高さに追い付けなかった。
姉は道中の魔物を掃討し、シオンはボスや魔人との戦闘と、必要なら姉のフォローをするだけ。
敵が弱ければ姉がそのままボスと魔人の討伐もこなす。
シオンにとってこの上なく楽なスタイル。
だからこそ冒険者筆頭の力が求められるような攻略があれば、彼は文句こそ口にしてもその力を十全に振るってくれた。
だがレベッカはそもそも戦えない。
道中の魔物の相手もシオンがしなければならず、研磨の腕も姉に遠く及ばない。
事あるごとにレベッカを選んだのに後悔を口にして。
それでもシオンからレベッカとの契約を切る事はなかった。
ダメダメな。
子供じみた。
どうしようもない。
そんなシオンの世話を自分がやってあげていると思っていて。
でも同時に。
ダメダメな。
子供じみた。
どうしようもない。
そんな自分をシオンが見捨てずにいてくれた事にレベッカは気付く。
実際は数限りなく見限られて見捨てられていたが。
それでも追いすがるレベッカの手を、シオンは振りほどくまではしなかった。
「こ、こうなったらっス…………」
レベッカは意を決すると鞄へと手を伸ばした。
鞄の中をまさぐり、握り拳大の結晶を掴む。




