1-12
────無数の剣が舞う。
「『その刃、嵐となりて』!」
剣を逆巻かせるとアーシュは荒く息をついた。
もはや数える事もできないほどの剣が暴れ狂っていて。
その操作に神経をすり減らす。
鏡の魔物が鏡像としてコピーしたアーシュ。
そのコピーがアーシュの遠隔斬擊の剣技を模倣して。
だがそれはあくまで模倣。
動きと威力は鏡映しで同等だが、一時的に実体を得た鏡像の刃は剣としての性質を備えながら装備されていない。
アーシュはその事実に気付くと、したり顔で剣を操作して奪って。
だが増えた手数ごと鏡の魔物はアーシュをコピー。
それをアーシュが奪ってを繰り返すうちに、剣の数は倍々で増え続けた。
そして鏡像も同じだけの剣を繰り出す。
増えすぎた剣の対応はすでに生身では対応できないほどに。
それがまずいと気付いた頃には、状況が悪化すると分かりながらも膨大な剣を操って応戦する他なくなっていた。
「ソ、『その刃、嵐となりて』!」
半ば目を回して、ふらふらになりながらもアーシュを剣を操作する。
莫大な体力と精神力の浪費。
だが同時にそれは常人なら年単位でかかるであろう経験をアーシュに。
その身体に埋まるスキルツリーに与えていた。
過去の『浄化の光』を用いた時に急成長を遂げていたスキルツリー。
その枝に新たな葉が生まれようとしている。
より高い精度で。
より高い威力を。
それは上位剣技と呼ばれる、熟練の冒険者だけが会得してきた力。
アーシュが憧れを抱いた遠隔斬擊の奥義の習得が迫りつつある。
と同時に。
その枝のさらに先には、小さな蕾。
今はまだ固く閉じられた若い蕾は、遠隔斬擊の極地に至る可能性の具現だった。
現存する遠隔斬擊の使い手でその技を操れるのはただ1人。
【嵐の覇王】と謳われた1人の男だけである。
だが上位剣技の習得よりも先に、アーシュは限界を迎えた。
剣は操作を失って四方八方にでたらめに飛び散り、床から壁、天井へと深々と突き刺さる。
周囲の鏡は砕かれたが、すぐに鏡は再生を始めた。
割れた破片の先には、おびただしい数の剣を渦巻かせるアーシュの鏡像が覗いていて。
鏡の再生が完了すると同時に、鏡の魔物はアーシュをその技で屠ろうと構えている。
「仕方ない」
アーシュは青白い結晶でできた剣の切っ先を床に突き立てた。
剣身で瞬いているのは限りある光。
対魔王に使おうと温存していた力。
今の窮地を退ける術はこれしかなく。
だがそのためには蓄えた光のほとんどを使わなければならない。
「ヨアヒム」
アーシュは力を貸してくれていたゲーフィリアの仮の名を呼んだ。
「…………」
しかしゲーフィリアは答えない。
世界樹が空を穿ってから今まで、ソレがアーシュの前に現れることはなかった。
やむを得ない、と覚悟を決める。
次いで剣に明滅する激しい光。
アーシュは周囲の魔宮ごとその光で無力化しようと。
その時、少女の声が響く。
どこからともなく声が響き渡るのはミアツキのものに似ていた。
だがその声はミアツキのものではなく、アーシュが聞き慣れたもので。
それはスペルアーツ『拡声魔象』の効果を得たエミリアの声。
『けけ。みんな、防御してね』
エミリアは不穏な呟きを1つだけ告げた。
「え?」
アーシュは困惑しながらも身の危険を感じて自身を中心に光を展開。
それとほぼ同時に。
辺り一帯に赤の咆哮が轟いた。
鏡に亀裂が走ったかと思うと、瞬く間に砂粒ほどの大きさにまで粉砕される。
「見つけたぞ」
コピーされないよう温存していたソードアーツを用いて。
ディアスはエミリアの咆哮を防ぐと言った。
『御手に注ぐ重壊の星』が赤の咆哮を吸い寄せて圧縮。
その歪んだ視界の先の。
ことごとく砕け散った中でただ1枚、その姿を保っている鏡をディアスは睨んだ。
そこに映るミアツキを捉えて。
次いで握り締めた細剣が、躍る。
「ソードアーツ『鋭き毒、刹那に疾る』────」
紫色の閃光が尾を引く刺突。
『その刃、熾烈なる旋風の如く』!」
さらにディアスは剣の操作を重ね、その鋭い切っ先を加速させた。
狙いを定めた鏡へとその刃を突き立てる。
貫かれた鏡。
だがそこにミアツキの姿はない。
ディアスの視界の隅を青い影が走った。
すかさず剣を持ち変え、その刃を振るう。
「ソードアーツ────」
滾る魔力を解き放って。
「『灼火は分かつ』!」
振り下ろされた紅蓮の一閃。
その一撃を、青の少女は鏡の盾で払い除けた。
反射された一撃が壁に激突し、黒煙を上げる轍を残して走り去る。
「どう? 感想を聞かせて欲しいわ。鏡越しにではなく直接私と対面した人間はあなたが初めてよ?」
余裕に満ちた笑みでディアスの顔を覗き込んだミアツキ。
次いで彼女は可愛らしく首をかしげる。




