11-8
ディアス達は素早く陣形を組むと、周囲へと視線を走らせた。
そこは魔宮の中心部である大きなフロアを囲む吹き抜けの回廊。
青い鏡面でできた通路には、幾重にも写り込むディアス達の姿が並んでいる。
「『その刃、暴虐の嵐となりて』」
ディアスは周囲に浮遊させていた8つの剣を放った。
斬擊の嵐が左右に別れて通路の鏡を砕いていく。
走り抜けた剣閃の渦。
鏡の欠片が舞い上がり、キラキラと光を反射する。
その欠片の1つに見知らぬ少女の顔が覗いて。
ディアスはその微笑を視界の隅に捉えると振り返った。
だが少女の影はすでに鏡の先にはない。
「…………」
ディアスは素早く視線を切るが、割れた鏡が散乱する通路に異常は見られなかった。
「────ねぇ、誰を探してるのかしら」
しかし声の主はそこにいた。
ディアスの握る剣の刃。
磨き込まれた剣身に映り込む少女は見上げるようにディアスを覗き込んでいる。
少女の声に全員が身構えた。
少女はぐるりと視線を回し、警戒するディアス達を見るとくすくすと笑う。
彼女はゆるく巻かれた真っ青な髪を胸まで垂らし、白と青を基調としたドレスの上に鏡の軽鎧を身に纏っていて。
大きな金の耳飾りが涼やかな音色を奏でていた。
その凛とした瞳からは緩やかに赤の光が立ち昇っている。
【青鏡の魔王】ミアツキ・オウシはエミリアを横目見て。
「貴女ね、私の魔宮を上書きしたの。私の魔宮の侵食耐性だって決して低くはないのだけれど。せっかく分断したのに、その力で合流されても面倒よね」
ミアツキの言葉にディアス達は目を丸くした。
いつからそこにあったのか。
気づけば周囲には複数の鏡。
そしてすぐそばにいたはずのパーティーの姿は鏡に写る鏡像と化していて。
それぞれが口を開くが、その声はもう聞こえない。
次いでカツカツと靴音。
ディアスの砕いた鏡の欠片がゆるやかに宙に舞い、次々と音もなく復元されて。
その鏡の先からミアツキが向かってくる。
ミアツキは鏡面の境で足を止めて。
鏡越しにディアスと対峙した。
互いの視線が交差する。
「…………君、冷静だね。仲間と分断されたのに」
ミアツキは不思議そうにディアスを見つめて。
「私相手に、1人なのに怖くないの? 貴方の仲間が心配じゃ────」
ミアツキの言葉を遮るように。
疾る鋭い切っ先。
踏み込みと同時に胴をよじり、肩を回して。
ディアスはその手に握る細剣を突き出した。
その刃はミアツキの胸を捉え、彼女の映る鏡を打ち砕く。
砕けた鏡。
複数の破片にはいくつものミアツキの微笑を映していた。
次いで砕いた鏡の先にはもう1枚の、鏡。
キン、と乾いた音を響かせて。
鏡映しの切っ先がディアスの繰り出した切っ先を弾く。
それは頑強な鏡面に弾かれたのかと。
だが違う。
目の前にいるディアスの鏡像は、確かな実体を持ってそこにいた。
「ミラーナイトの類いか」
ディアスが呟いた。
それは冒険者の姿を映し取って冒険者に紛れ込む、鏡の魔宮に潜む魔物。
ディアスの姿を映し取った鏡の魔物は細剣を構えた。
踏み込むと同時に胴をよじり、肩を回して。
その手に握る細剣を突き出す。
ディアスは迫る刺突を後ろに跳んで回避しようと。
「────」
だが次いで身をひるがえし、真上へと跳躍。
ディアスの白の外套を掠めるように、3つの鋭い切っ先が交差する。
ディアスが見下ろした先には自身の姿を映し取った魔物が3体。
眼前の1体の攻撃に合わせ、背後から別の2体が同時に攻撃をしていた。
「次は、上か」
ディアスは視線を下に向けたまま、両手に握る剣を操作した。
素早く空中をスライドする。
その脇を掠めるように、通路の頭上を覆う鏡から一直線に魔物の刺突が放たれた。
魔物の一撃が床の鏡へと深々と突き刺さる。
「姿を真似るだけのミラーナイトじゃないな」
ディアスは魔物の動きを見て言った。
「あら、もう気付いたのね。でもあなたの仲間はそれに気付いてないみたいだけど」
鏡の先からミアツキの声。
ディアスはディルクやリーシェ、エミリア、アムドゥス、クレトの武装を思い出して。
「だがその性質を1番に警戒しないといけないのは俺だ」
「でも私の魔物の特性に注意を払うなら、あなたの十八番は使えないわよ? 貴方を知ってるわ。ネバロに挑んで敗れた、白の勇者サマ」




