11-4
「…………来てるな。それも複数」
すん、と臭いを嗅いでフリードが言った。
「カイル!」
次いでカイルに呼び掛ける。
「『神秘を紐解く眼』!」
すかさずカイルが目を凝らし、影に紛れて迫る魔物の数と位置を捕捉して。
「数は……8! しかも2種類、片方はおそらく実体化するタイプ!」
「はっ。やっと出番か!」
カイルの解析に、エドガーは鼻を鳴らすと口角をつり上げた。
腕甲をはめた拳を叩き合わせる。
「殴るだけの単細胞そうじゃがあやつ大丈夫か?」
先頭に立つレオンハルトの横へと進んだエドガーを見てドクターが呟いた。
「ええ、大丈夫ですよ。エドガーは短絡的ですが馬鹿じゃない。ちゃんと思考しながら戦うこともできる人です」
カイルはドクターに答えながら剣を抜く。
「マールさん、今です!」
「はぁい。スペルアーツ『光弾魔象』」
カイルの合図で、マールは前方へと向けていた指先からスペルアーツを放った。
光弾が通路の先で炸裂し、弾けた光が影の魔物をあぶり出す。
白い光の中に浮かび上がる黒い影。
それらは一瞬光に怯んだが、音もなく再び床を。
壁を。
そして天井を高速で這い進む。
レオンハルトはバジリスクの魔眼を使った。
その瞳から灰と青の衝撃を撃ち放つ。
視線を辿って迸る閃光がその視界を石に変えようと。
だが、帳。
滴り落ちるように天井から床へと伸びた影が拡がった。
石化の閃光を阻む。
無音。
次いで一瞬の静寂を破った黒い切っ先。
灰色に染まった帳を貫き、刃物を連ねたような歪な影が伸びた。
バラバラと崩れ落ちる薄膜のような影の残骸に紛れ、ほかの影も迫り来る。
レオンハルトの左腕が背中の大剣へと伸びた。
向かってくる実体化した魔物の攻撃を受け止める────
「はっ。てめぇは他をやれ」
だがそれより早く。
床を蹴った音と同時に、影を大きな手が鷲掴んだ。
遅れて巻き起こった風がレオンハルトの髪を揺らして。
気付けばさらに前方に移動していたエドガーが、魔物に攻撃の暇を与える間も無くその体を引き寄せる。
巻き取られるように宙に舞った影の魔物の前方には拳。
叩き付けるような。
次いで打ち上げるように。
そして全てを穿つような。
剛腕による高速の3連擊が影の魔物を殴り飛ばした。
エドガーはすかさずの4擊目。
一見その拳は空を切ったように見えた。
空中で静止した拳。
だが確かにエドガーの攻撃は魔物を捉えている。
エドガーから伸びる拳の影が、彼の影へと忍び寄っていた実体を持たない魔物を打ち据えていた。
まるでエドガーの拳の先に実体があったように、床に移る影が後方に吹き飛ぶ。
「器用なやつだ」
レオンハルトは骸の腕で魔物を操り、敵を迎撃しながら呟いた。
シャドウ系というカテゴライズに分類される魔物は実体をもたず、他者の影に干渉する事で本体に影響を与える。
影が斬り裂かれれば影の本人も傷を負い、影の欠損は肉体の欠損を意味していて。
そして影への攻撃は本人の防御系の能力の影響を受けない。
どんなに堅牢な防具に身を包もうと、シャドウ系の魔物相手では意味がなかった。
物理的な攻撃を受け付けず、防御無視の攻撃を繰り出す厄介な魔物。
だが逆に影を用いて影の魔物に干渉する事は可能だった。
剣の影は魔物を斬り裂き、槍の影は魔物を穿つ事ができる。
しかしそれは簡単な事ではない。
「ヒッヒッヒ、防御無視の攻撃を持つ魔物相手にその影を曝す暴挙。さらには光源の位置と向きによって変わる、平面に置き換えられたその肢体を操って攻撃に転ずる難しさ。さらに実体を持つ個体を織り混ぜる事で平面への意識を削ぐ。なのに平面と立体双方を相手にここまで完璧に対応できる拳使いは【魔物砕き】以来じゃ」
ドクターはそう言うと目許をくしゃりと歪めた。
数多の冒険を共にした今は亡き旧友を想って。
素手であらゆる魔物を打ち砕いてきた漢の影を、エドガーに重ねる。
そして同じく今は亡き【無限斬】を。
一線を退いた【嵐の覇王】を。
そして【空断ち】の姿を思い浮かべる。
当時冒険者筆頭にして人類の守護者と謳われた4人と肩を並べた栄光の過去が脳裏を過る。
だがもう時代が、違う。
「この老骨、最期に少しばかりでも役に立てんとな」
ドクターは己の培った医術をいつでも発揮できるよう構えた。
脳と心臓さえ無事ならどんな欠損を受けても生かしてみせる、と。
絶対に死なせはしない。
死者すら生き返らせるのが己の仕事なのだと、若き日の己の言葉を噛み締める。
実体化する魔物を一手に引き受けながら、実体を持たない魔物も自身の影を使って相手取るエドガー。
フリードは能力の温存に徹しながらも抜剣の構えを崩さず。
カイルは状況の把握に努め、マールは『光弾魔象』で敵を牽制して。
レオンハルトはエドガーのサポートを受けつつ、着実に魔物を狩って操作下に置いているゴースト系の魔物の強化を進める。
明けましておめでとうございます。
閲覧ありがとうございます。
今年中の完結を目指し、読者の皆様にお楽しみいただけるよう精一杯執筆していきます。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




