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「見えたな」
小高い丘を越えて。
眼前に広がる景色を睨む、猛禽類のような鋭い眼差し。
その口許には対照的な余裕の笑みを湛え、フリードが言った。
「あれが【緑影の魔王】の魔宮か。はっ。これはまた」
フリードの後に続くエドガーは、眉根を寄せて地平の彼方を睨む。
「すごぉい。一面、真っ黒ですねー」
エレオノーラの残した杖を携えたマールが言った。
「観測された魔宮の中で2番目の展開域を持つ広大な影の魔宮。展開域が膨大な上に一面に広がるこの影の中に魔宮の本体があって、内部構造は外界からだと観測不能。さらに内部空間は影の濃淡によって深度を変える性質があって、昼と夜とで深さが違う。かなり厄介な魔宮です」
カイルは過去の攻略者が得たマップデータの一部を確認しながら続ける。
「影の魔宮だけあって出現する魔物もシャドウ系。数は多くないですが、戦闘において制約の多い相手ですし、フリードさん以外なら一撃死の可能性もあります。可能な限り戦闘は避けていきましょう。そして対シャドウ用に新調したフリードさんの剣ですが、耐久値の関係で乱用はできません。無駄に抜剣しないでくださいね」
「お前のスキルがあればなんとかなるだろ」
「急な攻略だったので素材の質が十分ではありません。携帯できる量だと剣の方に素材を割いてる余裕はありませんよ」
フリードの言葉に、カイルはため息混じりに言った。
「はっ。そのためにそいつと組んだんだろ」
エドガーが視線を向けた先には、顔の左半分を包帯で覆ったレオンハルトの姿があった。
コートから覗く両手もきつく包帯を巻かれていて。
包帯には血が滲んでいる。
「ああ。オレの役目は魔王のもとに着くまでのフリードさんの温存だ。オレの身体は使い潰してくれるつもりで構わない」
レオンハルトがうなずいた。
レオンハルトの後ろではタバコを咥えたドクターの姿。
ドクターはその背にいくつものガラス瓶を背負い、影の魔宮を眺めている。
「王女様は置いてきて大丈夫だったのか?」
フリードがレオンハルトに訊いた。
「連れてきた方が心配だ。攻略をするにはあいつは実力不足だからな」
「ハッハッハッ。だが俺の経験上、ああいう娘は言われたからっておとなしく待ってるタイプじゃねぇけどな」
「尾けられてる気配はないし、単身で魔王の魔宮に乗り込むほどバカでもないさ。あなたの鼻もフェリシアの臭いは捉えてないでしょう?」
「ああ、臭わねぇな。お前の身体からしてる魔物の臭いとドクターのタバコの臭いがキツ過ぎて十分に鼻が利いてないってのもあるが」
フリードはそう言って鼻をすするように臭いを嗅いだ。
混ざりあった異臭に顔をしかめる。
「まぁでも索敵できないほどじゃない。俺が嗅ぎ分けてるのは実際の臭いだけじゃなく、勘みたいなものも含まれるからな」
フリードは次いで魔宮に向かって歩を進めた。
その跡をエドガー、レオンハルト、マール、カイル、ドクターと続く。
フリードは魔宮の展開域である、大地に広がる影の前へと来た。
もう1歩踏み出してフリードの影が魔宮の影と繋がると、その体が水面に沈むように消えて。
残りのパーティーも次々と影の中に広がる魔王の魔宮へと進む。
足から魔宮へと入ったにも関わらず、フリードは頭から浮上した。
纏わりついた影が足先へと流れ落ちて魔宮に溶ける。
そこは円形のフロアで、四方の壁にはぼんやりと光を放つ水晶の照明。
照明は壁を囲むレールの溝に固定されていた。
そしてフロアの中にはいくつかの形が異なるオブジェクトが浮いている。
フリードが周囲を観察するが、先へ進む道も戻る道もない。
足元にはマス目場にタイルが並んでいた。
フリードがオブジェクトを押すと、押した方向に1マス分だけオブジェクトが動く。
フリードは次いで後ろを振り返った。
その先でフリードのあとを追ってきたパーティーが次々に姿を現す。
「あん? 最初から行き止まりじゃねぇか」
エドガーは周囲を見回すと、挨拶とばかりに壁に拳を叩きつけて。
だがびくともしない。
「進行にギミックの解除が必要なタイプみたいですね」
カイルはオブジェクトに目を向けると、周囲をきょろきょろと見渡して。
「魔物の気配はないみたいですし、ひとまず『深き先まで見通す眼』でマップの確認をします。過去の攻略の時から魔宮も大きく拡大してるでしょうし、すでに入手しているマップデータとうまいこと繋がってくれるといいのですが」
そう言って魔宮の構造を把握するスキル『深き先まで見通す眼』を発動した。
その瞳に砂嵐のように情報の羅列が走り、ダンジョンの構造を調査。
しばらくすると1度その効果を切る。
「マップ上はこの先に通路が続いてるはずなんですが」
カイロは壁の一角に手を置いた。
「はっ。任せな」
エドガーは鎖の垂れ下がる大きな手甲をはめると、渾身の力でカイルの示した壁を殴った。
激しい衝撃。
だがその壁は砕けない。
エドガーが拳を振るった所から、壁が波紋のように歪曲して元に戻る。
「やっぱり物理的な攻撃で突破はできないようですね」
壁の様子を確認すると、カイルは中指で眼鏡の位置を直した。
「フリード、お前ならどうだ?」
エドガーが訊くと、フリードは肩をすくめた。
「こんな狭いとこで俺が剣を抜いたらまずいだろ。こっちの剣ならどうか分からないが」
フリードは腰に差した剣の柄に手を置いて。
「こっちは使ったらカイルが怒りそうだ」
そう言って豪快に笑う。
「どうすればぁ、いいんでしょうねー」
マールはふらふらと歩き回り、オブジェクトをでたらめに動かしていく。




