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10-8

 ディアスはふてくされた様子のアーシュを前にたたずんでいた。

特別思う事もなくて。

ただ目の前に少年が1人いて、その少年の身の安全を守らなければならない。

目の前の人を救うという自身の行動理念にのっとってそこにいる。


「あ」


 唐突にアーシュが思い出したように声をあげて。


「そういえばディアスにいちゃんて記憶が無いんだよね? 自己紹介しといた方がいいよね。おれはアーシュガルド。森で魔物を狩ろうとして逆にやられそうになってたところをディアスにいちゃんが助けてくれたんだ」


「アーシュ……ガルド」


 ディアスはアーシュの名前を繰り返した。

その響きは紫色の瞳と艶やかな黒髪と相まってとある女性を。

そして勝ち気な瞳と眉がその伴侶はんりょ彷彿ほうふつとさせる。


「アーシュガルド、君の両親はどんな人?」


「2人とも冒険者だったよ。おじさんから聞いた話ばかりで、おれはよく知らないけど。おれが小さい頃に強い魔物に教われて、お母さんがおれとお父さんを助けるために魔人堕ちしたんだ」


 ディアスは彼女の胸に下がっていたペンダントの魔結晶アニマを思い出す。


「その魔結晶アニマって森の魔宮の?」


「え、うん。よく分かったね。…………でも人を喰わないでいたお母さんは永久魔宮になっちゃったし、それにお父さんも巻き込まれていなくなっちゃった」


「そうか。君の使う遠隔斬擊(ストーム系)は母親にならったものなんだな」


「ううん、違うよ? まずお母さんが何の剣技を使ってたか、おれ知らないし」


「違う?」


「うん」


「マイナー剣技だし、俺も習得する前に見たのは1人だけだったからてっきりそうなのかと」


 ディアスが言うと、アーシュははにかんだように笑って。


「おれが遠隔斬擊(ストーム系)を選んだのはディアスにいちゃんに憧れてだよ」


「俺に?」


「うん!」


 アーシュは大きくうなずいた。

いでふへへ、と笑う。


「おれもディアスにいちゃんと同じで魔力なしでさ、それでステータスも低くて……。でもディルクにいちゃんやリーシェねぇちゃんからディアスにいちゃんの話を聞いてね。こんなおれでも頑張ったら勇者になれるかも知れないって、そう思えたんだ」


「…………」


 ディアスは自分が【勇者】に至るまでを思い出した。

それは一言に頑張ったで片付くような過程ではなくて。

同じような境遇ならなおさら、頑張ったらなれるかも知れないというアーシュの言葉を否定したくなる。


「なれそうか?」


 ディアスは伏せ目がちにたずねた。

意地悪な質問だった。

なれるわけがないと思って、それをあえていたのだ。


「『剣の嵐、無窮に到りてインフィニータ・スパーダ』はまだ未完だし、

その刃、(ソード・)暴虐の嵐となりて(テンペスト)』とかの上位剣技もまだ未習得だけど。でもラーヴァさんやディルクにいちゃん達からは遠隔斬擊(ストーム系)の才能があるって言ってもらったし、サイラスさんの機構があれば限定的にだけどソードアーツの連続発動もできるよ」


 そう言ってアーシュはディアスの顔を見た。

心底嫌そうな顔を浮かべて、でも乱暴に頭を撫でて褒めてくれる。

そんないつものディアスをどうしても心の隅で期待して。


「…………」


 だがディアスの表情かおは変わらない。

そしてその瞳の奥に微かに負の感情が揺れる。

胸の奥底で溢れた暗い感情が喉元までせり上がる。


 深い絶望と喪失、狂信的な努力の果てに得た自分だけの力──のはずが。

それを目の前の少年に奪われようとしている事にディアスは焦燥と、怒りを覚えた。

いで【魔人じぶん】はそれを許したのだろうか、と疑問に思う。


 アーシュはディアスの感情に気付きはしなかった。

憧れだった存在を目の前にして、だがその隔たりと孤独を感じずにはいられない。


 ────その時。

遠くから足音が響いた。

ディアスとアーシュが同時に足音のする方へと視線を向ける。


 すでに日も落ちて周囲は夜闇に飲まれていた。

闇の先へと目を凝らしていると、その足音は2人へとどんどん迫ってきていて。

馬が駆けるような断続的なひづめの音。

同時に何かを削り取るような音が連なって響く。


 ディアスは剣を抜いた。

両手に剣を握り、その周囲を8つの刃が旋回する。


 ディアスとアーシュからはまだその姿を視認できていないが、それは2人の姿を捉えると不気味に笑う。


「────」


 いでその速度を上げた。

8本の脚を駆り、無数の尾を振り乱して。

その水晶のような体躯に走る幾何学模様に光が明滅する。


 ディアスとアーシュはついにその姿を捉えた。

数多の魔物を見てきた【白の勇者(ディアス)】でさえ知らない。

だがアーシュにとっては忘れる事などできない異形の魔物。


 傷跡を多分に残して再生した歪な身体。

そして2つに裂かれた逆さまの能面のような顔は2つの首として今は完全に独立していて。

左右の目玉が全く異なる動きを繰り返していた。


 結晶の魔物は2人の姿を前に笑い声を漏らす。


「アハッ」

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