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『ごめんね、その答えを僕は持っていないよ。魔術師は戦う事を選んだし、僕の友は意識の継承を選び、ある男は一人一人の完結した世界の創造を目論んだ。僕は力を貸すことはできるけど、僕が何かをしてあげる事はできない。考え、選択するのは君だよ』
ゲーフィリアは、とんとアーシュの胸を押して。
『でも選択するのは今じゃない。今は目の前の状況に集中だ。攻撃、来てるよ』
「────!」
アーシュはゲーフィリアが目を向けた先へと視線を向けた。
その先には地平線を埋め尽くす青白い輝きが大挙して向かってきている。
「エミリア! ディアスにいちゃん! ディルクにいちゃんにリーシェねぇちゃんも!」
アーシュが叫んだ。
その警告を受け、ディアス達も新たな敵襲に気付く。
「ケケケ! ありゃ、いつかの結晶の魔物の仲間かぁ? おい、ブラザー!」
アムドゥスはディアスに呼び掛けて。
だがディアスは振り向かない。
その呼び掛けが自分に向けたものだと、知らない。
「だーもう! おい勇者サマ! あの結晶の奴らは光を使って魔力を無力化、結晶化させちまう。バインドボイスなんかもあった。分が悪いぜぇ?」
「…………」
ディアスは獣の頭蓋を被ったカラスのようなその姿を無言で一瞥すると、周囲に目を向ける。
「おい、ブラザー」
「俺の家族にくちばしの付いたやつなんかいないよ」
「ケケ、どっかで聞いたような返答だなぁ」
アムドゥスは乾いた笑いを漏らして。
「……そして今のお前さんにはパーティーの生き残りの2人がいる。頼れる相手が居る。俺様の助けは、要らねぇもんなぁ」
次いで声をひそめて呟いた。
7年分の共に過ごした歳月を白紙にされて。
そして当時とは状況が違う。
また新たに同じだけの歳月を共に過ごしても、元通りの関係には戻れない。
「アムドゥス……」
2人のやり取りを見てアーシュは寂しさを覚えた。
「アムドゥス、大丈夫?」
エミリアも迫り来る軍勢よりもアムドゥスの胸中を心配する。
「ケケケ、何がだぁ? 嬢ちゃんが俺様の何を心配してくれてるかは分からねぇが、今はそれどころじゃないぜぇ?」
「その通りだよ、エミリア」
クレトがエミリアの手を引いて。
「すぐに逃げるべきだ。『誰も知らぬ冒険者』の軍勢……影の議会の──いや、ヨアヒムの仕業だねぇ。数が桁違いだし、すでに勇者様の復活っていう目的は果たしてる。これ以上ここにとどまる理由がない。そもそも勝ち目がない」
「院長からギルドの飼ってる化け物の話は聞いたことがあったが、聞いた通りならあの数はさすがにヤバい」
ディルクが言った。
それにリーシェがうなずく。
「でも四方を完全に囲まれてるわ。逃げるにしても空に逃げるしか」
「人が乗れるようなでかい得物は今ないぞ。それにあいつもこのまま見逃してくれるか分からない」
そう言ってゲオルギーネを横目見るディルク。
その時、ディアスは一歩前へと踏み出して。
「あいつは俺が引き留める」
「またお前は……!」
ディアスの言葉にディルクは怒りを露にした。
リーシェも頭を振る。
「仮に彼女をディアスが止めてくれても、私達だけであの数を突破できない」
「…………」
ディアスは答えない。
剣を構えて周囲の動向を窺う。
空へ逃げる。
そのための方法をアムドゥスとエミリアは気付いていた。
だがアムドゥスがその提案をしない意味をエミリアは察していて。
エミリアもそれを口にはしない。
アムドゥスがエミリアの魔結晶と再契約すれば、その魔力で巨鳥の姿へと変身。
過去に何度かそうしてきたように、その体に捕まって逃走する事ができた。
だがそれはアムドゥスとディアスとの最後の繋がりを絶つ事を意味している。
一定以上を離れられないという縛りが無くなれば、いよいよアムドゥスとディアスは行動を共にする意味がなくなってしまう。
だがこのまま手をこまねいていても、全滅は必至だった。
「…………嬢ちゃん」
アムドゥスが重い口を、開いた。
「なに、アムドゥス」
分かっていて、エミリアは訊き返す。
その間にもアーシュは必死に逃走の手立てを探していた。
視線を素早く切る。
空を破った巨大な世界樹に。
尋常じゃない強さを誇る刀剣のコレクターを。
すでに数百メートル先にまで迫って来ている結晶の魔物の軍勢へ。
────そして。
黒骨の魔王が穿ち、現れ、そして消えていった大地の裂け目でその視線が止まった。
「ヨアヒム!!」
アーシュは叫ぶと共に光をゲーフィリアから借り受けて。
次いで光を湛えた左腕を払い、迸った閃光が弾けて巨大な結晶の壁を生んだ。
その壁がゲオルギーネを阻む。
「あの裂け目に逃げよう!」
アーシュが叫んだ。
同時に再び脇腹に鋭い痛みを覚え、顔を苦悶に歪ませる。
エミリアは自分の手を引いていたクレトの身体を強引に引いた。
乱雑に肩に担ぐとアーシュを抱き抱えて疾駆する。
クレトは振り落とされないよう少年の肢体から不定形のスライムへと形を変え、エミリアにしがみついた。
ディルクとリーシェ、そしてディアスも駆け出して。
ディアスから少し距離を取ってアムドゥスが飛翔する。
ディアス達は底の見えない深い闇へとその身を躍らせた。
『誰も知らぬ冒険者』達が着いた頃にはディアス達の姿はそこにはなくて。
取り囲んだ中心には、苛立たしげに睨めつけるゲオルギーネの姿だけ。
「人形風情が」
そう吐き捨てて、ゲオルギーネは全身に纏う剣を構える。




