10-5
天へと衝き上げる巨大な白い幹。
複数の幹が多重螺旋を描いて束ねられたその先端は極大の槍のようで。
その切っ先が空を、貫いた。
穿たれた大穴から亀裂が拡がり、空の崩壊が瞬く間に伝播する。
次いで音もなく空が欠片となって散って。
暁を。
蒼空を。
そして黄昏を。
崩れ落ちた空の欠片が、角度が変わるごとに目まぐるしくその色相を変えた。
崩れ落ちた空の先には深い闇と、空に隔てられて隠れていた6つの月が姿を現す。
落下と共に霧散する空の欠片。
ディアス達とゲオルギーネも戦闘の手を止め、空の崩れた頭上を仰いだ。
ゲオルギーネの後方に控えていた甲冑の戦士は懐かしむように黄色の月を見つめる。
「…………」
無言で状況の把握に努めようとするディアス。
「どうなってやがる」
「空が……落ちるなんて」
驚愕するディルクとリーシェ。
アムドゥスは額にある第3の眼を凝らして。
「……『創始者の匣庭』による観測を完了。ケケ、ありゃ『世界樹』ってやつかぁ?」
「世界樹?」
アムドゥスの言葉にエミリアが訊いた。
同時にアーシュに対してヨアヒムが──少年だった頃のヨアヒムの姿を象ったゲーフィリアが言う。
『世界に生んだ生命の発展と共に成長し、生命に恩寵を与える私の意識の具現。今のアーシュガルドくん達に分かりやすく言うなら世界規模で生命全体に共有される巨大なスキルツリーだよ。実際今の君らが身体に埋め込んで使役するスキルツリーは世界樹の残骸だしね。もっとも───』
ゲーフィリアは悲しげに続ける。
『君らにはもう、その力を与えはしないけれど』
空の崩落が収まると、世界樹の切っ先がほどけた。
束ねられた幹が四方に広がって枝を伸ばし、天を覆う。
『私はこんなにも君達を愛している。だが第5世界から引き継がれた『知恵』と第6世界の君達に与えられた性質によって君達は暴走し、樹の発展を逆に妨げた。与える以上を欲して人は私から力を搾取し、大地を塗り固め、海を枯らし、空を汚したんだ』
「あの樹はヨアヒムが出したの?」
ヨアヒムによって再び発生した世界樹。
だがアーシュは本当のヨアヒムを知らない。
『僕じゃない。僕の友人が生んだ』
ゲーフィリアが答えた。
『そして空を閉ざしていた偽りの空が割け、世界樹も甦った。そう遠くない頃にここは星の力に満たされる』
「そうなったら……どうなるの?」
『世界が新生し、君達は滅びて月の虚像になる。今までも世界はこれ以上の成長が見込めないと判断すると世界をやり直してきた。でもそれを認めない人間が現れた」
ゲーフィリアは壮年の1人の男の姿を思い出して。
「魔術師だったその男が異界から原初の魔物を呼び出して、新たな世界の設計図を描いたんだ。世界を封じ込め、人類の存続と世界樹に代わる人類の発展のためのシステム。設計された世界──『ディザイン・ヴェルト』を』
「『ディザイン・ヴェルト』って……アムドゥスの」
アーシュはその名前を聞いてアムドゥスに視線を向ける。
『そうさ。そしてアーシュガルドくんは生まれ変わろうとする世界を閉ざす原初の魔物の姿を見ている。それと目が合ったよね?』
ヨアヒムに言われ、アーシュは複合魔宮で見た胎動する膨大で広大な光と。
そしてその光を捕らえていた大きな黒い影を思い出した。
『魔術師アムドゥスは世界の新生を遅延させた。だがその封印も永遠じゃない。だから彼は人類を二分した。魔力に対して適応するよう促した人達と、そして魔宮を個々で使役して人を喰らう魔人を。彼は二分した人類を競い争わせ、双方の力を高めようとしていた。第1世代に与えた『闘争』による進化と淘汰の性質も君達は継承しているからね」
ゲーフィリアは赤い月を見上げて。
『第1世代は最終的に生命が最後の1体になってしまってそれ以上の発展が望めなくなってしまったけど。でもその肉体は世界の新生に何度も耐えられるほどに頑強なものになった。意識と魂のない今のそれは破壊を振り撒くことしかできないけどね』
「…………ヨアヒムは前におれの味方だって言ったよね」
アーシュはそう問いかけて後ろを振り返った。
その視界が闇へと変わり、そこに佇む意識だけの幻影であるゲーフィリアを捉える。
『うん』
「おれ、まだヨアヒムの言ってること半分も分かんないけど。でもそうなったらみんな……死んじゃうんでしょ?」
『そうだね』
少年期のヨアヒムの姿を象った顔が悲しげに笑った。
それにアーシュは頭を振って。
「おれ、そんなの嫌だ。おれはそれを止めたい。だから教えて、どうしたら止められるの? どうしたらみんな、死なないで済む?」




