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10-4

 見上げる先にはそびえるような刀剣のまとい。

並び立つ切っ先の奥で歪に笑む鉄色の唇。

そのガラスのような無機質な瞳に映り込むディアスの姿はあまりに不確かではかなく。


「褒美だ。美しきもの(つるぎ)に抱かれて、死に果てよ」


 肉薄するディアスを包み込むように左右から伸ばされたゲオルギーネの腕。

それらがもたらすのは、冷たく鋭利な死の抱擁ほうよう

触れれば容易く、壊れてしまう。

その怪物を前に、生身の少年の肉体は子供がもてあそぶ人形よりももろくか弱い。


「ソードアーツ────」


 だがその声音こわねは落ち着いていて。

迫りくる必殺に対し、ディアスはただただ刃を連ねる。

今までもそうしてきたように。

そしてそれからも、そうであったように。


 【白の勇者】の知らない消えた【魔人(みらい)】。

多くを失った果てに得た、その全てを奪われて。

それでも刃を振るい続けた孤独な青年の在り方。

目の前の人を救うために剣を振るい続けるという、その行動と導く結果は同じでも。

同じだとしても。


「ケケケケ」


 その3つの眼でディアスを見つめ、消えた歳月を思ってアムドゥスは笑った。


「ひでぇ話だなぁ、ブラザー」


 その言葉は目の前で死闘を繰り広げているディアスにではなく。


「だってこれは、ひでぇ裏切りだぁ。俺様だってお前さんの事────」


 信じてたのに、と。

だが伝える相手のいない想いは、言葉になる前にこぼれ落ちた。

溢れた感情の欠片が、ポタポタと乾いた大地に滴り落ちて消えていく。


 なおもむことのない剣戟けんげきの嵐。

荒れ狂う刃の渦。


 響き渡る鋭い閃きの残響────に紛れて。

はコツコツと靴を鳴らしながら歩を進めていた。


 再び加勢に加わったディルクとリーシェ。

3人の連携とゲオルギーネの猛攻を前に、疲弊ひへいしたアーシュとエミリアは見ている事しかできない。


 アーシュはスキルツリーが身体を蝕む痛みが和らいできたのを感じると呼び掛ける。


「ヨアヒム、もう一度光を貸して。あと1回、ほんの少し動きを止めるだけでいいんだ」


 アーシュは小さな声で言いながら、左手をゲオルギーネに向けた。

光を借り受け、結晶化の力でディアス達に加勢しようと。


「…………ヨアヒム?」


 だがアーシュの呼び掛けに返事がない。

いつもすぐにこたえてくれていた少年の声が聞こえない。

その気配を感じられない。

アーシュは胸騒ぎを覚える。


 ゲオルギーネは予定よりも大きく長引く戦闘に嫌気がさしていた。

振るう武具は彼女の希少なコレクション。

本来であれば超高ランクの魔宮生成物である刀剣は人間相手に傷つく道理もなく。

だがディアスの放つソードアーツの1つ『御手に注ぐ(コラプス)、重壊の星(デセント)』はその骨子こっしを歪めて。

万が一にも崩壊させてコレクションを失うわけにはいかないゲオルギーネは、不安定な武具で迂闊うかつにソードアーツを放つこともできない。


「ぐっ…………」


 目に見えた所作にこそ変化は見られないが、その顔には焦燥がにじみ始めた。

幾度となく重ねられたディルクの剣のデバフ。

その不調がゲオルギーネも無視できなくなってきている。


 だがディアス達も神経をすり減らし、消耗していた。

張り詰めた集中の糸は緩める事は許されず、しかし少しでも引けば千切れてしまうほどにか細い。

それでも保ち続けたその集中。

五感の全てがゲオルギーネに向けられている。


 だがらディアス達は気付かない。

軽快な靴音を響かせるその男を先頭に向かってくる、乱れる事のない行軍の地響きを。

地平の彼方に連なる青白いその輝きを。


「始めよう、ゲーフィリア」


 コツンと一際大きく靴音を響かせ、その男──ヨアヒムは歩みを止めた。

ヨアヒムはドラゴンの革で作った白いジャケットの上に魔人の髪を編み上げた漆黒のコートを羽織はおり、襟元には魔宮の花を加工したコサージュを留めていて。

その双眸そうぼうはゲーフィリアに借り受けた膨大な光をたたえて煌々(こうこう)と輝いている。


 ヨアヒムの隣には宙に浮く青白い結晶の柱。

ゲーフィリアと呼ばれたそれの側面にある、仮面で目許めもとを覆い隠した子供の顔がうなずいた。


「…………」


 だがその表情はくもっている。


 ヨアヒムは浮かない顔をしている最愛の友の顔を横目見ると、短く息をついて。


「そんなに私以外が大事か」


「ソノ少年ハ君ヲ信頼シテクレテイルノダロウ? ナラソノ信頼ニ応エルベキダ」


 男とも女ともつかない声でゲーフィリアが言った。


「必要ない」


 冷めた声音こわねでヨアヒムは続ける。


「今必要なのは世界樹の復活だよ。世界樹の力とゲーフィリアの力があれば魔王でさえ私達の計画を阻めない。やっと──そしてこのタイミングで光を宿せる苗床を見つけたんだ。使わない手はないさ」


 ヨアヒムはいで目を閉じた。

ゲーフィリアの返答を待たず、その意識が身体を離れて。

彼の意識は靴音を響かせながら闇の中を進む。


「君ハ変ワッタネ」


 小さく呟くと、ゲーフィリアも意識を沈ませた。


『ヤハり、今ノ君に彼の事ヲ伝えなくて正解だった』


 その意識が異形のものから記憶の中にある最愛の少年の形へと変わって。

ゲーフィリアはそっと耳打ちする。


『アーシュガルドくん、気をつけて。世界樹が、来るよ』


「っ!?」


 アーシュがその声を聞いたのと同時に。

ヨアヒムとゲーフィリアの背後。

青白い結晶で形作られた兵士──誰も知らぬ冒険者(クリフトフ)の軍勢のただ中で光が炸裂した。

貴族の名門であるヨアヒムに拾われ、彼を慕っていた何も知らない少年。

昏倒こんとうさせられてここまで運ばれてきた少年がヨアヒムによって巨大な樹へと変容する。

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