10-3
「ディルクにいちゃん! リーシェねぇちゃん!」
アーシュが2人を見て声をあげた。
「ディルクと……リーシェ?」
ディアスは2人の姿を見つめる。
桃色の柔らかそうな髪と翠色の瞳。
ディアスが見知った少年の面影を多分に残す青年の姿。
だがその片目は傷によって塞がれていた。
そして彼のイメージにそぐわない藤色のマントがはためいている。
もう1人は巻き付けた布で顔を隠し、その肢体もマントで覆い隠していた。
だが布の隙間から覗く大きな青い瞳には覚えがある。
アーシュは窮地に駆けつけてくれた2人を頼もしく思うと同時に。
「でもなんで」
「院長からの指示だ。回りくどい言い訳してたが、要はお前を助けろとさ」
アーシュの疑問にディルクが答えた。
「そして私達は君と……そしてディアスを助ける」
リーシェが言った。
ゲオルギーネを警戒しつつ、ちらりと自分達の知る少年の姿のディアスを見る。
その瞳は魔人の証である赤の光を灯していない。
「はぁ? なんであいつまで」
ディルクはリーシェの言葉に眉をひそめた。
「だって前に言ったじゃない。不本意でもディアスを守るのに手を貸すって」
「それは魔人堕ちしてなかったらの話だろ」
「あの目、気付いてるでしょ。今のディアスは魔人じゃない。私達の知る、あのディアスよ」
「…………」
見るからに嫌そうに顔を歪めて。
だがディルクは大きなため息を漏らすとゲオルギーネに視線を戻す。
ゲオルギーネは現れたディルクとリーシェを睨めつけると、次いで首をはねられた甲冑の戦士を横目見た。
手招くように、そして手繰るように人差し指を数回曲げる。
「その肉体も限界であろう。ならば妾の後ろに下がっておれ」
ゲオルギーネが呼び掛けた。
すると右腕と頭部を失って地に伏したその体が、むくりと起き上がって。
迷わず歩いて自分の頭を拾い上げ、首にあてがう。
その姿を見て誰もが絶句した。
アムドゥスはすぐさま額の瞳を凝らして観測して。
「あり得ねぇ! あの身体、すでに死んでやがる?! なんだ、何があの身体を動かしてんだぁ? あの観測できねぇノイズのせいかぁ……?」
「ノイズ?」
エミリアが訊いた。
「ケケ、複合魔宮で【緑の勇者】サマが使った観測不能の術と似てる。似てるんだが」
アムドゥスは首をかしげる。
「だが根本的に違う。そんな感じだぁ」
エミリア、アーシュ、アムドゥスは甲冑の戦士を警戒。
ディルクとリーシェもゲオルギーネを見据えつつ、視界の隅にその姿を捉えていた。
甲冑の戦士はそれらの視線を意に返さず、ゲオルギーネの後方へと下がる。
ディアスは甲冑の戦士をつぶさに観察していたが、次いで視線を切ると剣を渦巻かせて構えた。
右腕は肩に負った傷で上がらない。
だが手に剣の柄を滑り込ませて力いっぱい握ると、腕の力ではなく剣の操作によって腕ごと剣を持ち上げて。
同時に左手でも剣を構える。
ディアスとディルク、リーシェは同じタイミングで動いた。
ディアスが『その刃、暴虐の嵐となりて』を伴ってゲオルギーネへと肉薄。
ディルクは得物である4本の剣と甲冑の戦士から奪った直剣を放って。
そしてリーシェはマントの下に忍ばせていた小さな刃を数十ほど操り、それらは1つの大きな斬擊の激流となって襲いかかる。
応戦するゲオルギーネの凶擊をディアスのソードアーツがいなし、リーシェの操る刃が飲み込んで。
その隙を突いてディルクの剣が鋭く閃いた。
その攻撃はゲオルギーネにダメージらしいダメージは与えられず。
だがディルクの剣はデバフの剣。
それは累積する麻痺と毒の刃。
目に見えた効力こそ今はないが、その人間とは思えない強靭な素肌を刃がなぞる度に確実にデバフは蓄積している。
「小癪」
ゲオルギーネは攻撃の矛先を大地へと向けた。
その一撃が蜘蛛の巣状に足元を走り抜け、その後を追うように地面が裂けて隆起する。
「わわ!」
「アーくん! こっち!」
攻撃の余波に巻き込まれたアーシュとエミリア。
エミリアが伸ばした手をアーシュが掴むと、エミリアはその体を引き寄せて。
片腕でアーシュを抱えると、宙に舞った足場を蹴る。
ディルクとリーシェも視界を塞がれて攻撃を中断。
崩れる足場を前に退避を余儀なくされた。
「ソードアーツ────」
ただ1人。
ディアスだけが攻撃を継続して。
崩れる大地を走り抜け、衝撃に舞い上がった岩の一部を蹴って跳躍。
「『爆ぜる剣閃、百刃一薙ぎ』」
右手に握る刃を強引に振りかぶり、剣の操作による加速を以て叩き付けるように振り下ろす。
ゲオルギーネは無骨な刃を連ねた鉄扇でディアスのソードアーツを迎え撃った。
刃が交わるとその起点から無数の斬擊が放射状に拡散。
連なる衝撃がゲオルギーネの鉄扇の威力を減衰させ、最後に弾けた虚空の刃が僅かな硬直を生む。
すかさずディアスは剣を操作。
握った2つの剣で素早く降下し、次いで懐へと飛び込んだ。




