10-2
「目障りな羽虫が増えたところで」
ゲオルギネーネはディアスと彼の操る剣を見て嘲笑を浮かべ、再び攻撃の構えをとった。
ギラリと光る刀剣のドレス。
ビリビリと肌を刺す鋭い殺意。
ディアスは正面からゲオルギネーネの威圧を受け止める。
「せいぜいブンブン飛び回り、妾と踊ってみせよ。虫けら」
ゲオルギネーネはそう言って攻撃に出た。
自ら大地を蹴り、触れるもの全てを裂く斬擊となって疾る。
迫り来る巨大な、刃の塊。
双眸を細めるディアス。
次いで彼の周囲を旋回していた8つの剣が唸りをあげて。
「『その刃────」
剣は加速と共に軌道を変える。
「暴虐の嵐となりて』!」
同時にディアスも前へと踏み出した。
両手の剣を振りかぶり、荒れ狂う8つの剣の渦に乗せて刃を振るう。
「凄い!」
初めてディアスの『その刃、暴虐の嵐となりて』を目にしたアーシュ。
精細さや機動性は孤児院で改めて見せてもらったディルクやリーシュのものと比較して遥かに劣っていて。
だがその刃に込められた威力は2人のそれより大きく勝っていた。
それはまさに暴虐の嵐。
荒々しく逆巻く剣は情け容赦なく、力の限りを以て全てを両断せんと轟きすさぶ。
劣る操作性や速度を観察眼と予測で埋め合わて。
ディアスは凄まじい力で放たれるゲオルギーネの攻撃を正面から受け止めた。
だがゲオルギーネの攻撃は終わらない。
所作全てが致命の一撃を生む刀剣の化物は、初擊を耐えたディアスに向かって舞い踊る。
連なる刃。
必殺の連擊。
強いられるのは終わりのない、薄刃の上を歩くような命懸けの綱渡り。
一歩踏み間違えば足先から両断。
一歩踏み外せば落ちた先は無数の切っ先。
果たしてそれは躍り狂う剣の地獄か。
否、【白の勇者】ディアスはそれ以上の地獄を見た。
蠢く千の剣を操り、その身のほとんどを刃へと飲まれた剣の魔人。
剣身に穿たれた白の柄を握り、真白の刃で『剣の嵐、無窮に到りて』を幾度となく阻んだもう1人の自分を。
【白の勇者】は【魔人】に勝利した。
どちらの個がより強く、より多くを救えるか。
その答えが今のディアスで。
だが最強を謳う彼はそのどちらでもなく。
互いの心臓と魔結晶を取り換え、ネバロと力を共有するディアスの力は【魔人】に収まるものではない。
【赤の勇者】フリードを前に、ディアスが見せようとした姿こそが彼の────。
「ソードアーツ『御手に注ぐ重壊の星』」
その時、ディアスは剣の魔力を解き放った。
剣を振りかざすと同時に起点の周囲が隆起して対象を捕縛。
ゲオルギーネの斬擊がその檻を破るより早く。
ディアスは小さな光を灯した切っ先を振り下ろす。
静かに振り下ろされた刃。
流れ落ちるような光の粒は儚く。
だが次いで周囲の全てを歪ませた。
地鳴りのような轟音と共に。
起点となったゲオルギーネの立つ大地が陥没し、舞い上がっ欠片も歪曲して最後は消滅する。
そのソードアーツは魔力同士を引き合わせ、圧縮し、相殺させて。
その対象は魔力で構成されたものから、人の体内を巡る魔力にまで作用する。
ゲオルギーネの纏う刀剣の骨子が軋みを上げた。
刀剣同士とゲオルギーネ自身が互いを引き付け合って潰し合おうと。
「ソードアーツ────」
そこにディアスはさらに剣を振りかぶった。
『御手に注ぐ重壊の星』の範囲外から放出系のソードアーツを叩き込み、さらなる魔力による崩壊の促進を狙う。
だがディアスが剣を振り抜くより早く。
その肩を激しい衝撃が突き抜ける。
「…………っ!?」
勢いよくディアスの肩を貫いた凶刃。
その刃は刃先が紅く光を反射し、剣身は根本まで華奢なディアスの肩を瞬時に貫いていた。
勢いのままに弾丸のような速度で鍔が肩を打ち、衝撃にディアスの肢体が後方に吹き飛ぶ。
「ブラザー!」
遅れてアムドゥスの警告が届いた。
気付いときには隔てていた距離を詰め、攻撃に転じていて。
甲冑の戦士の放つ神速の剣術は、その記憶を持たないディアスに対応する術はなかった。
ディアスは自身の周囲に剣を渦巻かせて追撃を牽制。
空中で体勢を立て直して着地しようと。
だが甲冑の戦士は速い。
加速する刃よりなお速く。
卓越した歩法は再びその距離を0にする。
荒れ狂う斬擊の狭間を容易くすり抜け、甲冑の戦士はディアスに肉薄した。
ディアスの顔に落ちた影。
眼前には鈍色の兜。
バイザーの奥から覗く瞳と目が合う。
「『その刃、暴虐の嵐となりて』!」
ディアスの叫びと共に、操る10の剣全てが同時に甲冑の戦士へと襲いかかった。
だが次いで響き渡ったのはそれら全てを弾く剣戟の音。
そして振りかざされた剣。
生身の少年である今のディアスは、次に放たれる甲冑の戦士の一撃を防ぐ手立てがない。
そしてそれは紛れもない致命の一撃となる。
その光景を前にアーシュやエミリア、アムドゥス、クレトに緊張が走る。
────回す。
剣を回す。
回し、回し、回し、なおも回して。
それは加速。
加速。
加速。
加速。
加速。
一呼吸のうちに幾度となく繰り返された剣の操作による加速。
その速度は再現なく高められ。
「…………『その刃、疾風にならん』」
ついに放たれた剣は神速の剣を追い越した。
一条の閃光と化した剣閃が甲冑の戦士の右腕を断ち切る。
甲冑の戦士は左手を伸ばし、まだ自身の右手がぶら下がる剣を掴もうと。
だがその切っ先が鋭く反転。
すでにある男の操作下に移った剣は、甲冑の戦士の喉元目掛けて突き出される。
紅く光る切っ先が甲冑の戦士の首を貫き。
次いで旋回する刃がその首を切り落とした。
ディアスはすかさず、不完全ながらも受け身をとって着地した。
強かに打った背中と足、そして貫かれた肩が痛みを訴えるが、すぐに体勢を整えて剣を構える。
ディアスは剣の飛んできた方へと視線を切った。
その先には、2人の人影。
嫌そうな。
そして皮肉った。
心の底からの安堵。
次いで喜び。
対照的な笑みを口許に浮かべたディルクとリーシェ。
ディアスのソードアーツを耐えきり、解放されたゲオルギーネに2人は剣を向ける。




