■-13
両親と他者に対するディアスの反応が無反応から拒絶へと、変わった。
両親はディアスの側にいようと努めていた。
じいやは変わらず、かいがいしくディアスの世話を焼いていて。
口にしてもらえないケーキを下げては、また次の日も新しいケーキを持ってくる。
だが優しくされればされるほど。
善意を向けられるその度に。
ディアスの瞳の奥には闇が深まり、自身を責める心の声はより大きく鋭さを増す。
「俺なんかいなければ良かった」
久しぶりに口をついたのは、自身へのこれ以上ない否定の言葉だった。
「…………」
黒く歪曲した思考でディアスは考える。
自分にとっての理想の最期を。
その時、ディアスの背後から足音が迫ってきて。
「坊っちゃま、こちらでしたか」
庭先で虚空を睨むディアスに、じいやが声をかけた。
トレイの上にはいつものように紅茶とケーキを乗せている。
「────」
穏やかな顔で。
じいやはまたケーキの解説をしようと。
だがディアスは振り向き様にケーキをはたき落とした。
見るとそれは今まで見たことのないケーキ。
鮮やかな色彩をした美しいもの。
だが落下と同時に歪にひしゃげ、さらにそれをディアスは踏みつける。
「坊っちゃま」
困惑するじいやにディアスは言う。
「お前、いっつも鬱陶しいんだよ。ケーキ、ケーキ、ケーキって。どうせ諦めた夢なのにさ。俺はじいやも、じいやの作るケーキも大っ嫌いだったんだ!」
ディアスはじいやを睨んだ。
同時に心臓がどきりと跳ねる。
いつも穏やかな笑みを浮かべていたじいやの顔には、初めて見せた表情が浮かんでいた。
「大変失礼いたしました」
じいやはぺこりと会釈すると、その場に屈み込んだ。
ボロボロと崩れるケーキを優しく持ち上げると、皿の上へ。
崩れたケーキを手際よく並べるが、土くれと雑草混じりのケーキにはすでにその美しさはない。
「…………」
無言でじいやを睨み続けるディアス。
じいやは片付けを済ませると、再度一礼をしてその場をあとにする。
じいやの後ろ姿を見送ると。
「クッ、ククク、あははははは!」
ディアスは顔を両手で包みながら、肩を震わせて高笑いを響かせた。
脳裏にはじいやが見せたあの表情と。
自分が厚意を無惨にも踏みにじった瞬間とが交互に映し出されていて。
「はははっ、は、はっ、ぁ…………っ」
その笑い声はすぐに嗚咽へと変わる。
顔を包む両手が熱い。
覆い隠した顔をくしゃくしゃに歪めるディアス。
その熱は両の手からこぼれ、ぽたぽたと滴り落ちる。
「…………」
少しするとディアスは顔を上げた。
部屋へと戻り、遠征訓練以来触っていなかった魔剣を手に取る。
ディアスはその足で家をあとにした。
いつもは家族やメイド達がいるのに。
その時は廊下でもエントランスでも、誰ともすれ違わない。
ディアスは最後に半眼で家を振り返ると、歩き出す。
自分の決めた、最期へと────
すでに夜も更けた頃。
ディアスは忘れ物を取りに来たと守衛を騙し、同行していた守衛を撒いて。
宿舎から素早く魔宮へと走り込んだ。
カビ臭い生ぬるい風の吹く、無機質な魔宮を進んでいく。
「いた」
呟いたディアスの先にはスライムの姿。
ディアスは炎を灯した剣で獲物を照らした。
その数は1体。
ディアスは手早く仕留めるとさらに奥へと進む。
ディアスは何度かスライムと遭遇するが、遠征訓練でそのほとんどが討伐されて数が少なかった。
ディアスは大きな溜め息をつく。
だがそこでふと思い出した。
ディアスはある通路の行き止まりへと向かう。
ジャリ、と破片を踏み締めて。
ディアスは目の前のボロボロの壁に剣を力一杯振り下ろした。
ミシミシと軋みを上げる壁。
何度が剣を叩きつけると、その切っ先が貫通する。
「やっぱり。この先に空間があるんだ」
ディアスは壁を穿ち、その穴を拡げた。
人1人通れる穴を作ると、その先へと足を踏み入れる。
深い闇を湛えるその空間。
周囲からはボシュー、ボシューと不気味な音が反響しているが、その姿は見えない。
ディアスは魔物の素材を取り出すと、同時に剣の魔力を解き放つ。
「ソードアーツ『炎よ、斬り裂け』!」
魔剣から放たれる炎に可燃性の素材を巻き込み、逆巻く炎はフロア全体を明々と照らし出した。
そこに蠢く魔物の姿が露になる。
そこには大小無数、色とりどりのスライム達。
スライムは突起を伸ばし、その先端が肥大化すると破裂。
自身と同じ色の胞子を撒き散らした。
漂う胞子が集まり、交配して新たなスライムを生み出す。
密閉空間で交配を繰り返し、密度を高め続けたスライムの巣窟。
そこに巣食うスライムはこの魔宮の難度に見合わないほどに力を蓄えていた。
中にはディアスの身の丈よりも大きい個体もいる。
ディアスは素早く視線を切った。
臨戦態勢に移っていくスライムを順番に捉える。
ディアスは剣を構えた。
誰も信じてくれなかった自分の力をここで試す。
そしてその結果、ここで果てるとしても本望だった。
むしろ、そうなることを心の底で望んでいて。
ディアスへと1体のスライムが躍りかかった。
続くように他のスライムも動き出す。




