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■-12

 ディアスはその日の訓練を終えると、同じ宿舎に泊まっている教員のもとへ向かった。

教員にかまをかけると、教員はあっさりディアスの両親から金を受け取ってディアスを参加させた事を告白する。


 ディアスは無表情のまま。

だがその瞳は陰りを深くして。


 本当は分かっていた事だった。

選抜されるような成績は収めていない。

発表の際にも自分の名前が呼ばれる事を、まるで期待していなかった。


 そのすぐあとに。

ディアスは『鏡』を用いて両親に連絡をとった。


「どうした、ディアス」


 ディアスが睨む鏡の向こうに、ディアスの父と母の姿が現れて。

急な連絡を受けて、2人の穏やかな面持ちにはわずかに困惑が見える。


「ねぇ」


 ディアスは無表情のまま、陰った瞳で父と母を交互に見据えて。


「父さんと母さんは俺が遠征訓練に参加するって、俺が報告する前から知ってたの?」


「どういう意味だい」


 父親が静かにき返した。

その隣で母親は、ばつが悪そうに目を背ける。


「聞いたんだ、他の参加者から。俺がズルをしたって。父さんと母さんが」


 そこで大きく鼻をすするディアス。

いで大きく息をつくと続ける。


「お金を払って……俺を訓練に参加させたって」


 わずかな間をおいて。


「ああ。そうだよ」


 ディアスの父が答えた。


 表情を歪ませるディアス。


 父親は落ち着いた声音で言う。


「問題はないはずだ。ディアスのゴールはその訓練の参加じゃない。そこは通過点に過ぎない。なら過程を省略しても問題はないだろう。お前が欲していたのは目的達成のためにそこで積む経験値なんだから」


「違う、違うよ!」


 ディアスはぶんぶんとかぶりを振った。


「やっと俺の努力が認められたって! 今までの頑張りが無駄じゃなかった、報われたって思ったのに。それなのに、あんまりだよ!」


「本当にごめんね。知れば傷つくのは分かってたの。でも頑張るディアスに喜んで欲しかった。それだけだったの。日に日にボロボロになって、全く笑わなくなってしまったディアスにまた笑って欲しかっただけなのよ」


 母親が悲痛な面持ちで言った。


「なんで待っててくれなかったの? 俺が俺の力で夢を叶える時まで。俺はただ父さんと母さんやじいや、メイドの人達が俺の事を信じてくれてるだけで頑張れたのに」


「…………」


「父さんが言ったじゃないか。努力できるのも才能だって。成功するまで努力できた人が夢を叶えるんだって」


「…………」


「ねぇ、なんとか言ってよ!」


 ディアスは両親の映る鏡面にバンと手をついた。

2人の顔を交互に見て。


「…………あ」


 そして気付く。


「嘘だったんだ」


 ディアスがぽつりと呟いた。


「嘘だったんだ」


 声音が震えて。


「嘘だったんだ!」


 それは怒号に変わる。


「ホントは俺の事!! 信じてなんか……なかったんだ」


  うなだれると共にその声がか細く消えていった。

ぼたぼたと涙が頬を伝って流れ落ちる。


「他のみん、っなと同じ。俺には、無理だっ、て思ってたんでしょ。今回の、訓練の参加だって、結局は俺、っの思い出作りみたいもんで」


 嗚咽おえつ混じりの言葉と共に。

裏切られたという思いが溢れ、流れて、滴り落ちる。


「父さんも母さんもお前の夢を応援してやりたい。でも努力だけではどうにもならない事もある。父さんと母さんが望むのはお前の幸せだ。夢に挑んで魔物に敗れて、それで自分達の息子は本望だったなんて言えない。言えるわけがない」


 そんな話を聞きたかったわけではない、と。

ディアスは父の言葉に耳をふさいだ。


「私達だけじゃない。お友達も心配してたわ。ディアスが冒険者になったら、魔物に殺されてしまうんじゃないかって。みんなあなたの事を想って、心配してくれてる」


 期待など欠片もない、母の不安だけが宿る瞳を見た。

そんな目で見ないでよ、と。

ディアスは固く目をつむる。


「────」


 父と母が必死に優しい言葉をかけて。

だがその言葉1つ1つが刃となってディアスの心を、斬り裂いた。


『聞きたかったのは弁解ではなく。励ましでもなかった。嘘でももう一度信じると、ただそう言って欲しかった』






 ディアスは遠征訓練の最終日を待たずに家へと帰った。

父と母の言葉には応えない。

2人は息子を傷つけてしまった事を深く後悔したが、もはや取り返しはつかなかった。


 父親は多忙なはずの職務を放り出し、母親と共にディアスと時間を過ごしていた。

だが強く抱き締めても、優しく肩を抱いても、どんな言葉にもディアスは反応を示さない。


 ある日、父親がわしゃわしゃとディアスの頭を撫でると、その場を一時あとにした。

その時、部屋の前をメイドの2人が通りかかる。

何にも反応を示さないディアスに、メイド達は気が緩んでいて。

やはり坊っちゃまに冒険者は無理だった、それは分かりきっていたと。

献身的に支える旦那様と奥様、執事長が可哀想だとささやき合う。


 目に見えた反応は見せない。

だがその言葉は確かにディアスの胸の底に沈むおりを一層黒く濁らせた。

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