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他の参加者が探索と魔物の掃討を進める中でディアスは決して前に出ようとはしなかった。
自分の中で大まかな見立てと法則性を見出だして初めて前に出る。
対峙するのは小型のスライム1体。
大きさは人の頭ほど。
ディアスは剣を構え、その姿を凝視した。
スライム内部の流動体が回った。
質量の重い、わずかに色が濃い部分が上に集まるのは跳ねる時の予備動作。
比重は左に傾いているので跳ぶのは左方向と予測。
ディアスは素早く視線を切った。
左には壁。
予想は壁を蹴っての体当たり。
スライムが跳ぶ。
比重の重いところを中心に歪む楕円形の体。
次いで凹んだ部分が元に戻ると同時に、ぎゅるんと流動体が流れて。
元の形へと戻る力と、質量の重い流動体が突き上げる勢いでスライムが宙に舞った。
壁にぶつかるスライム。
平たく潰れ、薄く薄く伸びた体が再び跳ねた。
壁を蹴るように突進。
だがその先にはすでに、振り抜かれようとしている刃があった。
ディアスは予想通りの動きをしたスライムを2つに斬り伏せる。
2つの破片となったスライム。
だがこの大きさのスライムは2等分されたくらいでは死なない。
分裂して2体同時に襲いかかる────のが普通で。
だが破片の1つはそのまま溶け崩れた。
もう一方の破片だけが再びスライムとして形を取る。
「これも予想通り。やっぱり一定の大きさが要るのか」
ディアスが呟いた。
他の参加者がでたらめに攻撃してスライムを活動不能に追い込んでいるのに対し、ディアスは切ったあとの大きさに着目していて。
あえて等分せずに活動維持できないサイズへと削ぐ事で個体数の増加を抑えてみせた。
いくら最弱の魔物といえど、それが脅威であるのには変わりない。
最小の大きさでも頭部に攻撃を受ければ脳震盪や気絶を招く。
目を塞がれればまともな対応がとれないし、口と鼻を塞がれれば窒息死もする。
いたずらに数を増やすのは得策ではない。
「どけ、落ちこぼれ! おらおらおら!」
突然、ディアスは乱暴に肩を突き飛ばされた。
割って入ってきた少年が剣を何度も振り、ディアスが戦っていたスライムを八つ裂きにする。
「あーあ、落ちこぼれはまともに剣も振れないのか? 相手は最弱のスライムだぜ? こんな雑魚くらい手早く片付けられないで冒険者になんてなれるかよ」
「…………」
「俺様はすでにスライムを15体倒してる。お前は何体だ? え? まさか0か? うっそだろ?!」
無言で視線を返すディアスに対して、少年はわざとらしく驚いてみせた。
次いでゲラゲラと笑って。
「ズルして参加したって、お前みたいな落ちこぼれじゃスライムの1体も倒せないんだよ。分かったか。みんなも見てやってくれ。未だにスライム1体すら倒せてない雑魚がここにいるぞ!」
少年がディアスを指差しながら声を張り上げた。
その声に近くにいた参加者が振り返る。
「ええ……さすがに0って」
「弱すぎだろ」
「あんなやつのために本当は参加できたやつが参加できなかったとか、かわいそう」
「一体いくら金を積んだんだ」
周りの参加者がディアスを見て口々に言った。
それからもディアスは獲物を横取りされ続け、満足に予測の検証もままならない状態で。
気付けばその日の魔宮探索は終わりの時間を迎えようとしていた。
ディアスが倒したスライムは8体。
他の参加者が数十体倒しているのと比較するとあまりにも少ない。
「今日の探索はこれまで。速やかに北側の出入口へ向かいなさい」
教員が言った。
ディアスは最後に倒したスライムに視線を向けた。
邪魔が入らないよう他の参加者から距離を取るため、スライムを追い込んだ行き止まりで。
「…………?」
ふとディアスは細かい欠片が落ちているのに気付いた。
通路の突き当たりの壁の前に、壁と同じ材質だと思われる破片が散っている。
ディアスは壁の表面を撫でた。
撫でたところからボロボロと落ちる破片。
意識を向けると、壁の奥からはわずかに何かが噴き出すような音が聞こえる。
ディアスは配布されたマップを取り出すが、確認してもその先には通路もフロアもない。
「おい坊主、おいてくぞ」
冒険者の男がディアスに声をかけた。
「すみません」
ディアスは最後に壁を一瞥すると、他の参加者と共に魔宮をあとにする。
遠征訓練の参加者は、魔宮から少し離れたところに建つ宿舎へ。
訓練は3泊4日。
その期間参加者は、昼は魔宮で魔物の掃討と探索。
夜は宿舎で寝泊まりをする。
そして夜も更けた頃。
ディアスは宿舎を、抜け出した。
赤い月が照らす薄闇の中を、影から影へと移動して魔宮へと向かう。




