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■-8

「やった……!」


 自分の努力が初めて報われた。

初めて認めてもらえたんだ、と。

その顔は相変わらず無表情だったが、ディアスは拳をグッと握る。


 土気色だった頬が紅潮し、陰っていた瞳に光を少し取り戻した。

全身の倦怠感や節々の痛みが消えて。

胸の奥底で渦巻いていた重苦しいもやがサッと晴れる。


 思い描いた過程とはまるで違ったが、ディアスは1つの目標にしていた遠征訓練の参加資格を得た。


「なんであいつが……」


「落ちこぼれのくせに」


「きっとズルしたんだ」


「あいつがトップ20なわけがないもの」


 周囲からディアスの合格に納得のいかない声が上がるが、ディアスは気にしなかった。

実際ディアス本人も今の自分がトップ20の実力を持っているとは思っていない。


 それでも努力は怠らなかったし、参加者の情報を1から集めて能力差を2度も覆した。

そこに教員達は可能性を見出だしてくれたのだろうとディアスは思う。


 主武装が魔宮生成武具となった昨今では本人の戦闘能力の差というのは、攻略の前線ではそれほど重視されていない。

個人の能力は武具の装備によるステータスの増加でまかなえる。

剣技やスペルアーツはわずかな卓越した人間を除いて基本的に補助に過ぎず、勝敗はソードアーツが決める。


 そういった環境の中で新米冒険者と熟練冒険者を隔てる確固たるものは1つ。

経験──つまり情報であった。

熟練の冒険者は経験則から魔物の能力や行動の規則性を感覚的に覚えて戦闘に活かす。


 ディアスはその経験を学習によって補った。

他の参加者にしたようにその学習を魔物に向ける。

そうすれば規則性を持った魔物の対処は、不確定要素の多い対人戦よりも確実なものとなるはずで。


 ディアスは遠征訓練の合格発表を受けて自分の中の残された可能性を認識した。

同時に家族やじいや、他のメイドの事を思い出す。

ディアスが勇者になれると信じてる、と。

そう言ってうなずいてくれた人達の事を想って。


「俺、頑張るよ。みんなの期待に必ず応えてみせる」


 静かに。

だが力強く宣言した。







 遠征訓練の参加者の発表を終えて。

ディアスが家に帰ると父と母はすでに戻っていた。

2人に遠征訓練の参加者に選ばれた事を報告する。


 ディアスの報告を受けて両親は顔を見合わせた。

いでにこりと微笑ほほえみ合うと、2人は視線をディアスに戻す。


「凄いわ、ディアス」


「やるじゃないか。お前は私の自慢の息子だ」


 母親がディアスを優しく抱いて体をさすり、父親がわしゃわしゃとその頭を撫でた。


「…………」


 無言でされるがままになっているディアス。

そんなディアスの顔を母親は覗き込んで。


「ごめんなさい。もうこういうのも恥ずかしい年頃かしら」


「ううん」


 ディアスは目を伏せると気恥ずかしそうに言う。


「もう少しこのままがいい、かな」


「そう。じゃ、遠慮なく」


 母親は少し屈むとディアスを強く抱き締めた。

頬を寄せる。


「ふふふ、ついこの間まであんなに小さかったのにね」


「どれどれ」


 今度は父親がディアスを担ぎ上げて。


「う、重い……」


 辛そうな声を漏らしながらディアスを肩車した。


「ははは、本当だ。いつの間にこんなに」


「あなた、気をつけて」


 足元がおぼつかない父親に、母親が笑いながら言う。


ディアスは父と母と、自分達を温かい眼差しで見守ってくれているじいやに視線を移した。

ズキズキと心臓と心を蝕んでいたもやの代わりに、胸に温かいものが込み上げて満たされる。


『────自分はこんなにも想われて、愛されている。その事実があればこれからもどんな困難も乗り越えられる。そのときは、そう思っていた。でもどんなに想われても、愛されても、それは自分にとって裏切りだったとあとになって知ることになる』







 ついに遠征訓練が始まって。

ギルドの教員と冒険者と共に、20人の参加者が近郊の永久魔宮へとおもむく。


 魔宮を前に少年少女達は興奮していた。

本来であればギルド登録をした者とその同伴者しか近寄ることもできない永久魔宮の入口がすぐそこにそびえていて。

無機質な通路の先からはカビ臭いような生ぬるい風が吹いてくる。


「今回の訓練は魔物との実戦訓練であると共に、ギルドからの任務を遂行するものだ」


 教員が参加者達に説明を始めた。

内容としては魔宮の主なモンスターであるスライムの掃討による通路の安全の確保。

同時に既存のマップと照らし合わせて、新しく出現した通路やフロアがないかの調査。


 参加者は冒険者同伴のもと、魔宮へと踏み入った。


 ディアスはまずは魔物の観察をするため、前へ前へと出ようとする他の参加者から数歩引いて行動している。


 そしてついに魔物が参加者達の前に現れた。


「スライムだ!」


 参加者の1人が声をあげた。

視線の先にはスライムの姿。

その数は2体。

大きさに目に見えて個体差がある。


初めて見た魔物相手に、我先にと向かっていこうとする参加者達。

そんな中でただ一人、ディアスはスライムの観察に注力する。

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