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■-7








「────先天的な魔力欠乏、俗に言う魔力なしですね」


 本来は誰でも使えるはずのスペルアーツが使えない。

その異常をギルドで調べてもらったディアスは、職員にそう告げられた。


 魔力なしは体質であり、治療はできない。


 身体能力が低く、剣技も放てず、そして最後の頼みのつなだったスペルアーツも使えない。

ディアスが冒険者を目指すのはいよいよ絶望的となった。







「…………ィアスはもう冒険者を諦めさせた方がいいんじゃないか」


 スペルアーツの授業を受けた日から6日後。

ディアスがみんなの荷物を運んでいると、部屋からそんな声が聞こえた。

ディアスの足が止まる。


「残念だけど僕もそう、思います」


「ディアスんとこは金持ちだし、無理に冒険者にならなくても家業を継げばいいしな」


「でもあいつに冒険者を諦めろって言うのは」


「ちょっと言えない、よね」


「かわいそうだよな。あんな頑張ってたのに」


「でもこのまま冒険者になったって、あいつは死ぬだけだ」


「うん。本人ももう、そう思ってるんじゃないかな」


「引っ込みがつかなくなってるんなら、やめさせてやるのが友達だよな」


「どうする、なんてあいつに伝え────」


 ガシャン、と。

ディアスはわざと荷物を床に落とした。

その音を聞いて慌てて3人が顔を出す。


「ごめん、落としちゃった」


 ディアスはそう言ってへらへらと笑った。

聞いてない、聞いてないよと笑顔と素振りで訴える。


「もー。気を付けてよ、ディアス」


 小柄な少年がディアスに駆け寄り、一緒に荷物を拾ってくれる。

同時に彼は近くでディアスの表情をうかがっていた。


 ディアスは必死に涙をこらえ、泣き出してしまいそうな気持ちに蓋をしてへらへらと笑う。


「ほんとごめん」


 声の震えを必死に隠して。


「俺もう、荷物持ちくらいしかできないのにね」


 だが咄嗟とっさに口をついた自虐が自身の心に突き刺さった。

こらえた涙が滲みそうになる。


「そうだな。…………なぁ、ディアス」


「そうだ! 次の練習試合なんだけど」


 黒髪の少年が躊躇ためらいがちに言うと、ディアスは明るい声でそれをさえぎった。

荷物を抱えて部屋へと飛び込み、3人に背を向けて荷物を並べていく。


「次の対戦チームは『連鎖斬擊(カスケード系)』が2人『抜剣斬擊(ブリッツ系)』が3人『魔力斬擊(オーラ系)』1人。『連鎖斬擊(カスケード系)』と『魔力斬擊(オーラ系)』の2人が後衛に回ってスペルアーツのバフと陽動を────」


 ディアスは早口でまくし立てるように対戦チームの情報を羅列。

3人に口を挟む隙を与えない。


「なぁ、ディアス」


「だからそこを突けば前衛の一角が崩せる。俺は前回のミスを踏まえて」


「ディアス」


「……をサポートしようと思う。仮に石が砕けてもとにかく一撃止めてそこで」


「ディアス! 話、を────」


 背を向けたままのディアスの肩を掴み、黒髪の少年は強引にディアスを振り向かせた。


「へ、へへへ」


 ディアスは相変わらずへらへらと笑いながら。

同時に大粒の涙を流していて。

その瞳が揺れる。

唇と吐息が小刻みに震えている。


 ディアスは唇をぎゅっと噛むと、黒髪の少年を突き飛ばして走り出した。


「待てよディアス!」


 がたいの良い少年がディアスを引き留めようと手を伸ばした。

袖を掴んで。

だがディアスは強引にその手を振りほどいた。

バリバリとシャツの袖が裂ける。


「ディアス、ごめん! 話を聞いて! ディアス!」


 小柄な少年がディアスの背中に必死に声をかけた。

だがディアスは止まらない。

声は届かない。

ディアスの耳には自分の嗚咽おえつ混じりの泣き声だけが響いていた。







「坊っちゃま、どうかされましたか?」


 ディアスは独りで馬車へと戻り、家へと帰っていた。

じいやは紅茶とお手製のパイをテーブルに並べる。


「ううん。なんでもないよ。全然へーき」


 ディアスはそう言ってへらへらと笑って。


「……ねぇ、じいや」


 いでじいやにたずねる。


「俺は勇者に、なれると思う?」


「もちろんですとも」


 カップに紅茶を注ぎながら、じいやがうなずいた。


「本当に?」


「ええ。わたくしは坊っちゃまを応援しておりますし、心の底からそう信じて────そうなって欲しいと願っております」


「…………じいやはパティシエが夢だったんだよね? どうして執事になったの?」


「パティシエになる夢を諦めた時に、先代の旦那様とご縁がございました」


「俺が聞きたいのはそういう事じゃないんだけどなー」


わたくしの諦めた理由を語っても坊っちゃまのお役には立ちませぬからな。機会があればおいおいお話する事もあるかと」


 じいやが優しく微笑みながら言った。


『────その機会なんて、来なければ良かったのに』


 黒い影が呟いた。

平坦な、いつも通りの声音。

だがそこにはどこか悲哀が滲む。


『あの時ほど自分の無力を呪った事はなかった』


 追憶は進んだ。

さらに進んだ。

なおも進んで。


 孤立するディアス。


 孤立したディアスの孤独に付け入った少年達。

彼らはディアスを通してディアスの父の扱う魔宮生成武具や道具を得られるだけ得ると、彼に心ない言葉をあびせかかけて捨てた。


 いつしかディアスの顔からは笑みが消えた。

強がって笑うこともしない。

彼は笑い方を、忘れてしまった。


 そして人と関わる事をやめた。

独りで嘲笑と虐めに耐え続け、その心は限界まですり減っていく。







「…………味がしない」


 ディアスが3人の友人達とも距離をとって半年。

口に運んだパンを飲み込むと呟いた。

ディアスは精神的な不調から来る味覚障害を患って。

唯一甘さを感じる事はできたが、香りもない単体の甘さはまるで美味しいとは感じられない。

食事も苦痛になり、ほとんどとらなくなる。


 そんなディアスをじいやは献身的に側に仕えて支えていた。

その日もいつものように紅茶とお手製のケーキを持ってくる。


「いらないよ。美味しくないんだ。食べたくない」


 ディアスは平坦な声音でじいやに言った。

だがじいやは引かない。


「さぁ、坊っちゃま。目を閉じて、イメージをしてくださいませ」


 じいやはそう言ってディアスの口へとケーキを運び、事細かに素材と香りと味の解説をする。


 不思議とディアスは鮮明に味の想像ができた。

味覚は治っていない。

あくまでもそれはイメージに過ぎなくて。

だがディアスは久しぶりに食事を美味しいと思うことができた。


 いつしかディアスにとって、じいやと共に食べるケーキが唯一の楽しみになる。


 それからもディアスは特訓に明け暮れた。


 団体戦の試験はチームを組めずに不参加だったディアス。

だが彼は個人戦に望みを託し、参加者全員の能力や癖の全てを頭に叩き込んだ。

相手の初動より早く立ち回り、周りの評価とは裏腹に2回も勝ち抜く。


 そして個人戦の試験から3日後。

今までの成績から遠征訓練に選ばれる20名が発表される日だ。


 その日はディアスの父と母が揃って早くに家を出ていた。

いつもは家族で囲む食卓でディアスは1人で食事を済ませ、じいやの馬車で養成所へ向かう。


「……あれ」


 じいやが馬車を走らせていると、ディアスはすれ違った馬車に父に似た人影を見た。


 ディアスが養成所に着いてしばらくすると、教員からの遠征訓練の参加者の発表が始まった。

次々と名前が呼ばれ、名前を呼ばれた少年少女が喜びの声をあげる。


 彼らを感情のない眼差しで眺めるディアス。

個人戦でも結局思うような戦績を残せず、遠征訓練の参加はすでに期待していなかった。


 だが教員の最後の言葉に、ディアスは目を丸くする。


「────そしてディアス。これで遠征訓練の参加者は全員だ」

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