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■-6

『────だが、2人は現れなかった』


 刃の身体を軋ませて、黒い影が呟いた。


『時間を超過し、遅れて向かった養成所にはすでに席に着いて座学を受ける2人の姿があった。声をかけようとしても2人は目もくれない。しばらく1人で訓練と座学を続ける。それで初めて気付いた、3人が自分を守っていてくれていたことに』


 さらされる嘲笑ちょうしょう

ステータスは軒並み低く、未だに剣技もまともに使えない落ちこぼれ。

今までは3人がそういった声をディアスに届かないよう配慮していた。


 だが1人で行動するようになってから、ついに嫌がらせなども始まった。

最初は些細なものからエスカレートして。

ついにはこれも落ちこぼれのための訓練だと石を投げられた。

体で覚えろと木剣ぼっけんで『その刃、(ソード・)連鎖する一振り(カスケード)』を全身に打ち込まれる。

気付けばディアスの全身はアザだらけ。

ディアスは必死にそれらに耐えて訓練に励むが、その心は徐々にすり減っていく。


 それでもディアスは2人や大人に助けを求める事はしなかった。


『自分が弱いのが悪い。自分が役に立てないのが悪い。自分が間違えたのが悪い。全部自分が悪いから。だからみんなの役に立てるくらい強くなる。もう1度必要とされる存在に自分の力でなるんだと。その一心で訓練を続けていた』


 そこに怪我を負ってしばらく休んでいた小柄な少年が復帰した。 

ディアスの現状を知って彼は憤慨ふんがい

小柄な少年が仲を取り持ち、ディアスは再び4人で行動するようになる。


 黒髪の少年とがたいの良い少年も、ディアスに対する行き過ぎた虐めを快くは思っていなかった。

だが同時に1度できた溝はなかなか埋まらない。


 目に見えた虐めは無くなったが、陰での嘲笑ちょうしょうが消えたわけでもなかった。

むしろその対象はディアスと行動を共にする3人にも及んだ。

陰ながら嫌がらせも受ける。


 そして次のテストに向けた集団での模擬戦の訓練が開始された。


 チームは6人。

ディアス達は参加者から新たに2人加えて訓練にのぞんむ。

だがその結果は振るわない。


 そしてその原因は明白だった。


 その日も練習試合で早々に敗れて。

新たに加わった少女がため息に混じりに呟く。


「あーあ、また負けた。実質5対6だもん。勝てるわけないわ」


「なんならフォローに回る分、頭数がさらに1人減って4対6みたいもんだろ」


 新たに加わった、金髪を撫で付けた少年が言った。

その手には砕けたペンダント。

彼はリボンタイを緩めると、ペンダントに視線を落とす。


 それは装備者のダメージを肩代わりする防具から作られたものだった。

模擬戦では参加者がそれを身に付ける。

そして先に3名が、ダメージを受けて砕かれるか奪われるとチームの敗北となる。


「……お前の事なんだけど。なんか言えよ」


 舌打ちと共に金髪の少年がディアスを睨んだ。

ディアスは砕けたペンダントを握り、目を伏せる。


「まぁまぁまぁ」


 小柄な少年が金髪の少年をなだめて。


「ディアスは人一倍努力してる。そんな風に言わないでよ」


「頑張って頑張って努力して。それでそのレベルってのが問題だと思うけどな。見込み無さすぎ。根性だけは認めるけどさぁ。もし俺が同じレベルの落ちこぼれだったら恥ずかしくて来れないよ」


 金髪の少年がディアスを鼻で笑う。

その様子を見て、くすくすと笑う少女。


 2人の様子に、小柄な少年はむっとして。


「それに次の座学でスペルアーツを学べるんだ。ディアスは頭が良いんだよ。この前のテストだってルートはディアスが考えたし、奇策もあって俺が落ちなかったら1位だったんだから!」


 その言葉にがたいの良い少年がうなずく。


「攻撃手としては足手まといだけど、スペルアーツはバフと防御があるし、陽動もできる。スペルアーツを覚えたらディアスは役に立つよ」


「お前も同意見なの?」


 金髪の少年が黒髪の少年にいた。


「…………ああ、俺もそう思ってる」


 友人達の言葉に、陰っていた瞳に光を取り戻すディアス。


「俺、頑張るから」


 ディアスは胸の前でぎゅっと拳を握った。


 まだ3人が自分を信じていてくれている。

それだけでディアスは嬉しくなって。

たまらず笑みがこぼれる。


「お前が言うんなら」


 金髪の少年は黒髪の少年を見て、やれやれと肩をすくめながら言った。

いでディアスに視線を移す。


 それはとても冷たく、鋭い視線。

金髪の少年はうんざりした様子でディアスに言う。


「ちゃんと役に立てよ。正直俺はお前に期待なんかしてないし、お前のせいで冒険者になるのが遅れるのも御免だ。スペルアーツ覚えてもダメだったら、チームを出てってもらうからな」


 突然の通告にディアスはドキリとした。

3人の少年もその言葉に驚く。


 金髪の少年は3人の少年に向かって。


「お前らだって落ちこぼれに合わせて冒険者になれないなんて嫌だろ? 俺も、みんなも冒険者になるのが夢なんだ。高難度の魔宮を攻略して、誰からも讃えられるような冒険者。そのためには落ちこぼれに合わせてる余裕なんてない」


 落ちこぼれの言葉と共に、顎でディアスを指す少年。

いで少し思案すると言う。


「そもそも、本当ならもうとっくに切りたいんじゃないか? でもそれができないんだろ。こいつの家に参加費を援助してもらってるから」


 金髪の少年はなおも続けて。


「でも金の事なら気にするな、参加費は代わりに俺が払ってやる。だから素直になろうぜ。こいつが今後本当に役に立つなんて、お前ら本気で思ってないだろ?」


「────」


 小柄な少年は反論しようと。

だがそれよりも早く。


「いいや。俺達はディアスを信じてる」


 黒髪の少年が迷わず言いきった。

その言葉にがたいの良い少年がうなずき、小柄な少年も賛同する。


「あっそ」


 金髪の少年はつまらなそうに言って。


「でも、スペルアーツを覚えても役に立てなかったら抜けてもらう。それは譲らないからな」


「絶対そうはならないから見ててよ」


 ディアスは決意を込めて言った。







 それから3日。

座学でスペルアーツの使用法と、スペルアーツ『火炎魔象ファイア』の音節と意味を学んで。


 ディアスに不安はなかった。

スペルアーツは意味と音節さえ理解すれば誰でも使えるもの。

そこにセンスや技術は必要ない。

個々のスペルアーツの特性を深く理解し、組み合わせ、チームにいかに貢献するかにその意識が向けられている。


「スペルアーツ『火炎魔象ファイア』!」


「スペルアーツ『火炎魔象ファイア』」


「スペルアーツ『火炎魔象ファイア』」


「スペルアーツ『火炎魔象ファイア』……!」


 次々とスペルアーツによる炎が放たれる中。

ディアスは意識を集中してその音節を唱える。

発現の時間、規模、炎の発生の仕方から消失までの。

それらの情報を多く得るために、手をかざした先を凝視して。


 だが────


「ファイア」


 突き出した手のひらから炎は躍らない。

その声は虚しく響くばかりで。


 ディアスはその光景を前に。

未だかつてない絶望に、襲われる。

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