表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

322/397

■-1

「────ならなんで負けたわけ」


 クレトがアムドゥスにたずねた。

【黄鍵の魔王】シノカ・ギョクオウを相手に、果敢かかんに向かっていくエミリアとアーシュを横目見ながら。

次いで止めかけていた作業に再び注力する。


「しょうもねぇ。だがブラザーらしい理由だったぜぇ、ケケケケケ」


 アムドゥスはクレトの問いに明確な答えを口にしなかった。

だがそれにクレトは言及しない。

興味があるわけでもない。


「……なんにせよまだ時間はかかる。それまであの2人でもたせられるとは思えないけどねぇ」


 クレトは呟きながら用意した素体に情報を与えていく。

その情報が魔結晶アニマへと伝わっていく。


 それは不完全な情報。

その情報による刺激から取り戻される過去は、一個人の自我を構成する経緯と要素としてあまりにも不足していた。

でもそれをクレトは良しとしていて。


 元々ディアスの個に対する執着はクレトにはない。


 過去の断片を与えられ、形を失っていたディアス意識が少しずつ輪郭を取り始める。


 いで空白だらけの歪な心が目覚めようと。

だがそれを、阻む意識があった。


『…………』


 それは不足していた情報を与え、補完し。

同時に一部の情報を意図的に削ぎ落として。

そしてその過去を、追憶させる────







 貴族とも遠縁ながら繋がりのある、その地域では名の通った商人の家に彼は生まれた。


「着きましたよ、坊っちゃま」


 執事を務める初老の男が扉を開くと、彼はすかさず馬車から飛び降りて。


「いっちばーん!」


 灰色の髪を短く切り揃え、その瞳を輝かせる少年が言った。

その腰には魔宮生成物の魔剣を差している。


「あー、ディアスずるいぞ」


 馬車の中から少年の一人が声をあげた。


「へへーん」


 少年達に視線を返して。

灰色の髪の少年──ディアスは、にやっと笑う。


「ほらほら、早く来たまえー。おいてっちゃうぞー」


 ディアスはそう言って走り出した。

そのあとを慌てて他の少年達が追う。


 そのさらにあとを、ゆったりとした歩みで追う執事。

ディアスとその友達が楽しげに笑いあってるのを見て穏やかに微笑む。


 ディアス達が駆けていった先には、他の少年少女達も集まっていて。

そこはギルド機構によって運営される青少年向けの冒険者の養成所だった。


「みんなは剣技なににした? 俺はもちろん連鎖斬擊(カスケード系)にした」


 ディアスが訊ねると、同じ馬車から降りた3人の少年が答える。


「俺も連鎖斬擊(カスケード系)


 黒髪の少年が。


「僕は魔力斬擊(オーラ系)だよ!」


 背の低い少年が。


「俺は抜剣斬擊(ブリッツ系)だな」


 そして最後に。

4人の中で1番がたいの良い少年が答えた。


連鎖斬擊(カスケード系)は俺も悩んだんだよな」


「僕もです。やっぱり憧れますよねー」


 がたいの良い少年と背の低い少年が言った。


 子供ながらに冒険者筆頭の称号【青の勇者】を得たシオンの登場。

それによってそれまでの抜剣斬擊(ブリッツ系)の人気を覆し、連鎖斬擊(カスケード系)が人気の剣技となっていた。

自分も勇者になれるかもしれないという希望を胸に、子供達はスキルツリーをその身体に埋め込む。


「ふふん。俺は必ず勇者に、なる! 勇者シオンにも勇者フリードにも負けない最強の勇者だぞ。そしてみんなはその最強の勇者のパーティーだ」


 ディアスが拳を突き上げて宣言した。


「頼りにしてるぜ、リーダー」


 黒髪の少年が笑いながらディアスの肩を叩いた。

背の低い少年とがたいの良い少年も、ディアスへの期待と未来への希望とでその目を輝かせる。







『自分は選ばれた人間で、自分が次の勇者になるんだ、と。そして勇者となった自分とそいつらとで高難度の魔宮を次々と攻略して、魔王を討つ。誰からも讃えられ、羨望の眼差しを集める勇者ディアスの──そんな根拠のない夢物語を信じて疑わなかった』


 不完全な意識と共に追体験する記憶の中で。

それは静かに、呟いた。


 まだあどけなさの残る、勝ち気な少年の姿をかたどったディアスの意識が追憶からそれへと視線を向ける。


 そこにいたのは黒い、影。

真っ黒な影。

それは人のシルエットをしているが、目を凝らして見るとその身体は剣でできていた。

折り重なる刃の中に、光を放つ赤い瞳が覗いている。


 異形の存在。

だが少年ディアスはそれを前にしても不思議と恐怖を感じない。


「夢物語じゃないよ。俺は絶対勇者になる!」


 少年ディアスが言った。


 それに黒い影はククッ、と笑って。

その赤の瞳には、笑みとは対照的な悲哀の色。

次いで黒い影は少年ディアスの意識を再び記憶へと向けさせる。







「…………それでは全員揃ったようなので、まずはこちらにお集まりください」


 ギルドの教員の一人が周囲に視線を走らせると声をかけた。

彼の前にいる少年少女のほとんどが仕立ての良い服と装備を身につけ、子供ながらに魔宮生成武具を携えている者も何人か確認できる。


 集まった子供達は1日当り銀貨1枚という授業料を容易く払う事のできる貴族や名家の生まればかりで。

中には夢を託して必死に授業料を納める貧しい家庭や、ディアスと共に来た3人のように友人の親に支払いを援助してもらっている子もいるが、彼らの姿はその中では浮いて見える。


 ディアス達参加者は先にギルドと冒険者の簡単な仕組みや歴史の座学を行い、いで基礎訓練と剣技の修練に励んだ。

後日からは座学が戦闘に関するものに変わり、基礎訓練と剣技の習得を目指す。

それを数日おきにおこなっていった。


 それから一月ほどを経て。


「『その刃、(ソード)連鎖する一振り(・カスケード)』!」


 黒髪の少年が槍を突き出し。


「『その刃、我が(ソード・)魔力を糧に(オーラ)』」


 背の低い少年が短剣を振り抜き。


「『その剣閃、(ソード・)雷鳴と共に(ブリッツ)』……!」


 がたいの良い少年が長剣を抜き放つ。


 2擊同時の刺突。

魔力によって倍以上に延長された斬擊。

大きな風切りと共に放たれた抜剣ばっけん


 だがそのかたわらで。


「ソード・カスケード!」


 ディアスの振るう魔剣が空を切るが、未だにその斬擊は連ならない。

ディアスの声が虚しく響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ