9-33
辺りに振り撒かれた敵意なき脅威。
躍り狂う斬擊の嵐を、エミリアはハルバードでいなした。
一撃ごとに引きちぎれそうな腕を必死に振り。
一撃ごとに吹き飛ばされそうになる足を踏ん張って。
一撃ごとに目前に迫る死を、すんでのところで捌いていく。
いつしかその斬擊が止んでいた。
エミリアとアムドゥス、クレトがその斬擊の走ってきた先へと視線を向ける。
「……ああ。嗚呼、なんと……美しい」
そこに佇むのは刀剣の山。
人の身の丈の倍以上に積み上がったそれが人間であると気付くのに、エミリア達はわずかばかりの時間を要して。
それは【黄鍵の魔王】シノカ・ギョクオウが召喚した黄金の魔剣を手にし、恍惚の表情で見つめている。
そしてその傍らにはディアスの剣を狙ってきた甲冑の戦士の姿があった。
「やはり妾が直々に出向いて良かった。求めていたものとは違うが、これもまた妾のコレクションに加えるに相応しい──いや、加えねばならぬ逸品よ」
そう言って刀剣で着飾った貴婦人──ゲオルギーネが複雑で精巧な鍵状の剣身に爪先を這わせた。
鋭く研ぎ澄ませた刃物のような爪がカツカツと音を立てて剣身の凹凸をなぞる。
「さて、真黒の剣はまた追うとして」
次いでゲオルギーネはエミリア達へ視線を向けて。
「妾のコレクションの収集を邪魔する不遜な賊には償いをさせねばのう」
幾重にも並んだ曲刀の髪が揺れると、ゲオルギーネの周囲の大地に深い傷跡がいくつも刻まれる。
「ケケケ、人様の剣を奪い取ろうとしてたそっちの方が遥かに賊だと思うがなぁ」
アムドゥスは甲冑の戦士を見て言うと視線を切り、額の眼でゲオルギーネを観察。
だがそのステータスを読み取るとうめき声を漏らして。
「……魔結晶のコレクターも化物みたいな魔力量をしてやがったが、こいつ本当に人間かぁ? 人間とは思えねぇ魔力量もそうだが、ステータスが高すぎる」
「さっきの攻撃も今のも、おそらく本人は攻撃のつもりがない。少し動いただけで強力な攻撃を撒き散らしちゃう。それだけヤバい奴ってことだよね?」
エミリアが訊いた。
ハルバードを握る手は先ほどの斬擊をいなした衝撃に今も痺れている。
「ケケ、その通りだぁ。元のステータスの時点ですでに昔の嬢ちゃんと同等だが、装備上限がねぇのかあの大量につけてる武具全部が装備扱いでステータスが加算。ステータスだけならさっきまで暴れてた魔王様にも見劣りしねぇぜぇ」
「イヒヒ、人間だから魔宮の展開や魔物の召喚はできないのが救いか」
クレトが言った。
「でも人間って事はソードアーツが使える。あの剣全部が魔宮生成武具でソードアーツを使われたら防げない」
エミリアはまたディアスの魔結晶の埋め込まれた素体を一瞥。
だが変化はない。
「……大丈夫。ディアス兄ちゃんは帰ってくるよ」
エミリアのハルバードを握る腕に手を添えて。
意識を取り戻したアーシュが言った。
体を起こすと周囲に視線を走らせ、散乱する10の剣をその意識でなぞる。
浮遊する10の剣。
だがそれらはサイラスに施された機構のほとんどの機能を失い、うち一つは大破していて。
恐る恐る大破した剣の刃の中を覗き、アーシュは息をついた。
だが次いで顔をしかめる。
もう10の剣の性能を、今のアーシュでは十全に引き出せない。
あくまでも、まだこの10の剣は借り受けただけ。
本来の持ち主がその力を振るったのなら。
だがもう本来の持ち主はいない。
魔人ディアスの帰還を信じて疑わないアーシュだが、その持ち主である【白の勇者】ディアスの存在は魔人堕ちしたときに喪われてしまっている。
「妾を賊とは不敬である。この世界にある全ての刀剣の支配者はこの妾ぞ。支配者が差し出せと言うのなら献上してしかるべきよな」
ゲオルギーネはシノカの残した剣を腰に差すと、無骨な短剣を連ねた鉄扇を取り出した。
その鈍色の刃で口許を覆い、エミリア達を蔑むような眼差しで見下ろす。
「…………」
次いでゲオルギーネは無言のまま鉄扇を掲げた。
明確な敵意を持って、その刃を振り下ろす。
放たれた斬擊。
それは一撃必殺を束ねた死の奔流。
すでに満身創痍のエミリア達にはそれをかわす術も。
ましてや防ぐ術などない。
────刹那。
白い影が、躍った。
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