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9-28

「黄鍵の、魔王……!?」


 シノカの名乗りに驚愕きょうがくするアーシュ。

クレトは【魔王】の来訪に舌打ちを漏らして。


 そしてその中で、ただ1人。

エミリアだけがすでに動いていた。

体をよじりながら跳躍し、ハルバードを振りかぶってシノカへと肉薄。


『────』


 再び近くに感じるその気配。

だが【魔王】を前にして躊躇ためらっている猶予ゆうよはない。


「顕現して、あたしの『或りし■の咆哮(シャルフリヒター)』……!!」


 エミリアの右目から赤の光が燃え上がった。

いで展開された魔宮。

彼女を中心に紫色しいろの炎を咲かせたいばらしげって。

同時にシノカの首筋目掛けてエミリアの振るう斧槍ふそううなりをあげる。


 だがその攻撃を阻むように扉。

開かれた扉の先からは白い鉤爪かぎづめが覗いた。

その爪がエミリアを襲う。


 光をさざ波のように揺らめかせて反射する白い鱗。

その鱗に覆われた白い腕の一振りが、容易くエミリアの攻撃を弾き返して。

その余波を受けてエミリアの全身がズタズタに引き裂かれた。

後方へと凄まじい勢いで吹き飛ばされるエミリアの肢体したいからは、血潮ちしお幾筋いくすじも尾を引く。


「シャル!」


 反撃を受けたと同時。

エミリアは追撃をしようと、自身の魔宮のボスを呼んだ。

その刹那せつなに、それは彼女にこたえない事を瞬時にさとって。


 すでにミノタウロスをベースとした巨躯きょくの魔物はその存在が、消えていた。


「シャル……ロッテ」


 エミリアがその名前を口にした。

またたく間に遠ざかろうとしているシノカの姿を扉の陰に見据え、その助けをう。


「お願い」


『────分かった』


 不確かな少女の声が答えて。

同時にエミリアの影がおどった。

その影は実体を持つと、小さな少女の身体で巨大な戦斧せんぷを振り上げる。


 一糸纏いっしまとわぬその少女の身体は真っ白で、作り物のように血の気が無かった。

その顔は決まった形を持たず、絶えず面貌めんぼうが変わり続けている。


「なかなか変わった魔物じゃの」


 シノカは呟きながら扉を操作。

新たに生み出した扉が戦斧せんぶを振るう少女の上体を飲み込んだ。

振り上げられた戦斧せんぷがどことも知れない魔宮の中で空を切る。


 いでパタン、と。

上体を扉に飲まれ、残された半身が崩れ落ちるとエミリアの影へと戻った。


「ソードアーツ『穿て、流れ落ちる楔(メテオ・スパイク)』!」


 その時、ソードアーツを叫ぶアーシュの声。

シノカは声の方へと緩やかに視線を向ける。


 その視線の先にはシノカの死角を突いて。

両手に得物を握り締め、8つの武具と共に頭上から向かってくるアーシュの姿があった。

その手に握る剣の魔力を解き放つと共に。

別個に魔力が充填された剣身けんしんから、魔力を噴出して加速する。


 空中からの刺突と共に降下、振り上げ。

ぜるような魔力の閃光を撒き散らしながら、一連の剣閃けんせんが青白い光の尾を引く。


 エミリアの突撃に気付くと、それを追うようにアーシュも動いていた。


「ふうん」


 シノカはアーシュの放った攻撃を見て呟いた。

特段感想はない。

思うところがない。

それは彼女の脅威足りえない。


 シノカはまた扉を生み出して。

彼女の足元に水平に現れた両開きの扉。

そこから溢れ出るように無数の骨が突き出した。

呪詛じゅそたたえた、折り重なる黒いむくろがアーシュのソードアーツを飲み込む。


「アーくん!」


 エミリアはハルバードを地面に叩きつけて勢いを殺した。

すかさず降下して両の足を踏ん張る。


 勢いをなんとか殺しきったエミリア。

だが彼女が足をおろしたのは、エミリア自身も知らない様相の彼女の魔宮。

そのいばらがエミリアの足に突き刺さり、紫の炎が肌を焼く。


っ」


 エミリアはその激痛に思わず声が漏れた。

涙がにじんで。


 主を傷つけ、責め苦を与える魔宮。

だがそんな自身の魔宮に、エミリアは自嘲じちょう気味な笑みを浮かべる。


「あたしには、これくらいが似合ってる」


 エミリアは鋭いいばらの上を駆け抜けた。

再びシノカへと向かっていく。


「『刹那の閃き、(ライジング)天を衝かんと(・ブレイド)』!」


 甲高い音を響かせて加速した歯車。

内部に格納された青白い結晶の歯車と刃の歯車が軋みを上げ、互いを削り合う事で不足分の魔力を捻出ねんしゅつ

穿て、流れ落ちる楔(メテオ・スパイク)』の振り上げの勢いを利用し、肩をよじりながらその刃を振り上げて。

アーシュは黒い凶骨を振り払う。


 すかさずまたアーシュを飲み込もうと迫る無数の黒骨。

アーシュは自身の操作する剣に飛び乗って上空へと回避した。

シノカと一定の距離を保ちながらその周囲を旋回。

その隙をうかがう。


「ケケケ。あの扉、俺様が聞いてた以上に厄介な代物しろもんだなぁ」


 アムドゥスは額の瞳でシノカの生み出す扉と、そこから現れる魔物の情報を読み取って言った。

その声はかすかに震え、不安げにアーシュとエミリアへと視線を向ける。


「クレト!」


 アーシュがシノカを凝視したまま呼んだ。


 微笑を浮かべながらアーシュを目で追うシノカ。

優しげな笑みで。

だがその目は明らかにわらっている。


「ディアス兄ちゃんはあとどれくらいで復活できそう?!」


 アーシュはシノカの眼差しに激しい悪寒を。

そして心臓をぎゅっと締め付けられる──心臓を、命を握られているような感覚を覚えて。

自身が憧れ、夢見た勇者の帰還を望まずにはいられない。


「イヒヒ、正直逃げようかと思ってたんだけど」


 クレトは魔結晶アニマを用意していた素体の胸元へと埋め込み、事前に得ていた情報をそこに流し込んでいて。


「どうせこいつが復活しても、その魔王に殺されて魔結晶アニマを奪われるだけじゃないの」


「そいつは復活後のブラザーの状態次第だ」


 アムドゥスがクレトに答えて。


「永久魔宮化直前の状態なら俺様がその身体を補完することで、白の勇者サマだった頃に匹敵する力が出せる」


「魔王に敗れた勇者が復活したところで、待ってるのは2度目の勇者の敗北だよ」


「ケケケ、ブラザーは確かに結果的にネバロに負けたぜぇ? だがその力はネバロを討伐し得た。決して魔王相手に、人間でありながら劣っちゃいねぇ」


「ならなんで負けたわけ」


 止めかけていた作業に再び注力しながら、クレトがアムドゥスにたずねた。

アムドゥスはクレトの問いに、あの時の戦いを思い出す。


『────彼は胸を穿たれて。』

ディアスがネバロに胸を貫かれたあの瞬間。

自分が嘲笑あざわらった少年が、その致命傷を受けた経緯を思い出す。


「しょうもねぇ。だがブラザーらしい理由だったぜぇ、ケケケケケ」


「……なんにせよまだ時間はかかる。それまであの2人でもたせられるとは思えないけどねぇ」


「絶対もたせるよ!」


「時間は必ず稼いでみせる!」


 クレトの言葉を聞いたアーシュとエミリアが言った。


 アーシュは8つの武具を渦巻かせながら。

エミリアとタイミングを合わせ、シノカへと再び攻勢に出る。


「今のおれはディアス兄ちゃんと同じ力が使える。そのために、サイラスさんからこの武器を預かったんだ!」


 激しくきしみを上げて回転する刃の歯車。

アーシュの操作によってその加速がさらに増した。

その機能を十全以上に引き上げて。

だが同時にそれは限られた時間を著しく削る。


 搭載された様々な機構を用い、短い時間制限という大きなかせも負ってようやく並び立てる領域。

【白の勇者】がたどり着いた1つの極致は、その素養で大きく上回るアーシュをもってしてもまだ遥か遠く。

見えていて、なおたどり着けない彼岸ひがんにあった。


「アーくん!」


「エミリア!」


 エミリアとアーシュは掛け声とともに呼吸を合わせて。

アーシュはソードアーツの連続発動。

エミリアは扉に1度喰われたシャルロッテを再度呼び出し、連携してシノカへと向かう。

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